第3話『なんとかなる』

「……待て、待て! 金だ、金なら払う! 頼むから見逃してくれ!」



男はなりふり構わず、コンクリートの破片を浴びた頭を下げる。だが、金髪をいじる彼女の目は、冷めたピザを見るような冷淡れいたんさだった。



「金? そんなんで私の失われたキャリアが買えると思ってんの? 第一、あんたみたいな汚いおじさんからもらう金なんて、どうせ足がつくに決まってんじゃん」



「な、なら……なんでもする! 女の喜びだって、俺は経験豊富だ、お前みたいな若い娘なら――」



「は? 売春? しねーよ、バカ。女の喜びとか勝手に決めんな、気色悪い」



彼女は心底汚物を見るような目を向けると、ナイフをくるりと回した。



「じゃ、さよなら。あ、遺言は受け付けないから。だるいし……」



だが、その瞬間。



「……舐めるなよ、小娘ぇ!」



男の目が鋭く光った。彼は隠し持っていた特殊合金のワイヤーを、座ったままの姿勢で解き放った。音もなく空を切り、彼女の細い首をからめ取ろうとする。



「俺が裏で何年仕事をしてきたと思ってる! 小娘一人の首を飛ばすことぐらい――」



「ちっ、だるっ」



ドンッ、という重低音が響く。

ワイヤーが彼女に触れるより早く、彼女の蹴りが男の胸元にめり込んでいた。男の巨体は紙屑かみくずのように吹き飛び、背後の壁に衝突する。



「ごふっ……っあ……」



男が白目をき、彼女は冷めた表情で、トドメを刺すべくナイフを振りかぶった。



「そこまでにしましょう」



背後から響いた、落ち着いた青年の声。

彼女が不機嫌そうに振り返ると、そこには異様な風貌ふうぼうの青年が立っていた。

赤と黒が混ざり合った、特徴的な色のマッシュボブ。その周囲には、意志を持っているかのように、銀色の金属球が数個、重力を無視して浮かんでいる。



「……何、あんた。コスプレイヤー?」



「違いますよ。それにお金なら僕が払います。十分ながくを」



彼女はジト目をさらに細め、ナイフは下ろさない。



「はっ……あんたみたいな若者まで、そういうことするわけ? 悪いけど、興味ないから」



「……はい?」



青年はきょとんとした顔で首をかしげた。



「とにかく、あなたの『力』は特別なんです」



彼女は一瞬、呆気あっけに取られたように口を開けた。



「は? 私、人を殺す方法しか知らないよ?」



青年は迷いのない瞳で彼女を見つめた。



「だからこそ、あなたの力が必要なんです。特にあなたの身体能力は頼りになりますから」



彼女は長い溜息ためいきをついた。心底面倒くさそうで、それでいて、どこか救われたような、投げやりな溜息。



「よくわかんないけど、まぁ、野垂のたぬよりはマシか」



金髪の彼女は青年と共に歩き出し、青年の説明を受け始めた。

脱ぎ捨てたJKのカツラと、詰め物のパットが、ゴミのように床に転がっている。

壁にめり込んだまま、指一本動かせなくなった中年男だけが残された。



路頭に迷った人生、クソッタレな世界、特にやりたいこともない将来。

特になにも考えず、その選択がどこへ続くのかも知らない。


でも、金と職さえあればなんとかなると彼女は不思議とそう感じた。


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ECHOES -UMH外伝- 天童フリィ @fly_tando7180wr

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