第2話『ヤケクソ』

「あー、もう無理。限界……」



少女はそう吐き捨てると、自分の頭髪に指を突っ込み、乱暴に上に引き上げた。

ベリリッ、と接着剤せっちゃくざいがれる音と共に、さらさらの黒髪ロング――完璧な美少女を演出していた「から」ががれ落ちる。



中から現れたのは、手入れもされずボサボサに広がった、ウルフカットの金髪だった。

彼女はさらに、顎のあたりに爪を立てて薄いシリコンのまくぎ取る。現れたのは、生気せいき欠片かけらもない、極限まで座ったジト目。ダウナーを感じさせるメイクにクマの浮いた目元には「若さの輝き」なんて1ミリも存在しない。そこにあるのは、明日の家賃のことだけを考えているような、ひたすら不機嫌で、社会不適合者特有の顔だった。



「ふぅ……。暑っ。マジで死ぬ。なにこれ、今の女子高生って正気? スカート短すぎだし、風通し良すぎて腹壊すわ」



彼女は、胸元に詰め込んでいたパットを躊躇ちゅうちょなく引っこ抜き、床に放り捨てた。

豊満ほうまんだったはずの胸は一瞬でげ落ち、なだらかな胸板が残される。



「胸盛るのにも労力使うの意味わかんない。今の子はみんな可愛いね、ホント。中身が『兵器』としてしか育てられてないと、こういうコスプレ、精神的苦痛でしかないわけ。ねえ、聞いてる? おじさん」



背中を壁に預けて震えていた男――かつて裏社会で名を馳せた伝説の情報屋は、ガチガチと歯を鳴らしていた。



「お、お前……あの業界で噂だったあいつか……?」



「そうだよ、将来の最強予定だった殺し屋。あんたが余計なタレコミしなかったら、今頃殺し屋業界も組織もあったはずなんだ。私の初任務、当日の朝なくなってさ、信じられる? ずっと暗いところで、友達もいないで、殺人技術だけ叩き込まれて。やっと社会に出て金もらえると思ったら、履歴書に書ける特技が『音を立てずに頸椎けいついを折ること』だけ。そんな奴、マックでもやとってくんねーよ」



彼女はジト目のまま、フラフラと男に歩み寄る。その足取りは危ういように見えて、重心が一切ブレていない。



「職もない。金もない。将来もない。住所不定無職の二十三歳。全部あんたのせい。あんたが『業界を浄化する』なんて正義感出したせいで、私はただの『人殺ししかできないニート』になっちゃったんだよね。これ、完全に詰んでるでしょ?」



「待て、それは……みんなを解放してやるために……!」



「解放? 笑わせんな。腹減るんだよ、人間は。解放されたところで、コンビニの廃棄弁当をうばう人生なら、おりの中の方がマシだったよ」



彼女は苛立いらだちをぶつけるように、男のすぐ横の壁を裏拳でなぐりつけた。

ドゴォッ! という、肉体の音とは思えない破壊音が響く。

厚さ20センチはあるコンクリートの壁が、彼女の拳の形に粉砕ふんさいされ、貫通した。



「いっ……てぇ……っ!」



彼女は即座に手を引っ込め、涙目で拳を振った。



「あー、マジ痛い。力加減ミスった。これだから超人的身体能力スペック持ちは嫌なんだよ。コンクリなぐっても自分の痛覚は普通なんだもん。超人なら超人らしく、神経も麻痺まひしてろよな……」



痛みでさらに機嫌を悪くした彼女は、太もものホルダーからナイフを抜き身で取り出す。



「もういいや。あんたを殺して、闇サイトに動画流して小銭稼こぜにかせぐか。先のことはそれから考える、よし」



金髪をかきげ、ジト目で殺意を向ける「元・美少女」。

その身勝手で切実な願いはナイフに込められていた。




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