ECHOES -UMH外伝-

天童フリィ

MEMBER:1

第1話『JKとおっさん』

その光景を目にした誰もが、反射的に不快感を抱き、目をらしたくなる。


昼下がりの駅、人の波を乱暴にかき分けて走る男がいた。

年齢は五十代前半といったところか。ワイシャツのボタンの間からみにくく腹周りの脂肪がのぞいている。ひたいからは粘り気のある汗が滝のように流れ、整髪料せいはつりょうと体臭が混ざり合った、生理的な嫌悪感をもよおさせる「おじさんの臭い」を周囲にき散らしていた。

必死に息を切らしながら走るその姿は、およそ文明人のそれではない。追い詰められた獣、あるいは、犯してはならない罪を犯して逃げ惑う犯罪者のそれだった。



「どけ! どいてくれ!!」



男が叫ぶ。だが、そのり切れた声に人は男に疑いの目をかけるだろう。むしろ、そのあぶらぎった容姿で言葉を吐くこと自体が、あつかましいと感じるくらいだ。



そして、その直後だった。

一輪の可憐かれんな花が人混みを割って飛び出してくる。



「待って! あの人、捕まえてください!」



鈴を転がすような、透き通った声。追っているのは、一人の女子高生だった。

その容姿は、あまりにも綺麗だった。さらさらとなびく黒髪、陶器とうきのように白い肌、そしてモデル顔負けのスラリと伸びた長い脚。短すぎるプリーツスカートが激しい動きに合わせてひるがえり、そのたびに健康的な太ももがあらわになる。瑞々みずみずしい唇を震わせ、大きな瞳には今にもこぼれ落ちそうな涙を溜めて、彼女は必死に男を追っていた。

誰の目にも、構図は明らかだった。あの不潔で醜悪しゅうあくな中年男が、この天使のような少女に「何か」をしたのだ。

痴漢ちかんか、盗撮か、あるいはもっと卑劣ひれつな暴行か。



「おい、待てよ貴様!」



階段付近にいた大学生風の男が、正義感に駆られて男の前に立ちはだかった。



「違う、どけ! 邪魔だ!」



男はなりふり構わず大学生を突き飛ばしたが、その乱暴な振る舞いがさらに周囲の敵意をあおる。



「なんて奴だ! 女の子があんなに泣いてるのに!」



「捕まえろ! 逃がすな!」



駅のホームは、一瞬にして私刑の場へと変貌へんぼうした。

サラリーマンが男の進路にカバンを投げつけ、清掃員の老婆がわざと床を濡らす。誰もが、完璧な美少女の味方だった。彼女の豊満な胸が激しく上下し、短いスカートからパンツが見えそうになるほど必死に走る姿は、見る者の守護欲を極限まで刺激する。

男は必死に、ホームの端にある業務用通路へと逃げ込もうとした。



「違うんだ! だまされるな!」



「待ってくださぁ〜い!」



少女が、一段と高く、可憐な声を上げた。

その声に、周囲の男たちのボルテージは最高潮に達する。



「待て! この変態野郎!」



「お前のような汚いおじさんが、その子に触れていいはずがないだろう!」



男は必死に障害をくぐるが、女子高生との距離はだんだんと消えていった。

少女は、周囲の男たちに「ありがとうございます」「すみません」と、守ってあげたくなるようなな会釈えしゃくを振りまきながら、男との距離を詰めていく。男はついに、一般客の立ち入りが制限された古い資材置き場の奥へと追い込まれた。



背後はコンクリートの壁。逃げ場はない。

追ってきた少女が、入り口をふさぐようにゆっくりと立つ。

彼女は周囲に人がいないことを確認するように、くるりと一回転した。その時、ひらりと舞ったスカートのすそから見えたのは、可愛らしい下着ではなく、太もものホルダーに固定された銀色に光るナイフだった。

彼女は、先ほどまでの「可憐な被害者」の表情を、きりが晴れるように消える。

肩をすくめ、深く、心底から面倒くさそうに溜息をつく。



「はぁー、マジでだるい……。人多すぎだし、あいつら、私の脚しか見てないんだけど」



その声は、先ほどの鈴の音とは似ても似つかない、地をうような低い、やる気のない地声だった。

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