第9話
今から約二年前。れでぃ・冥土は死ぬことに失敗した。そして、何者でもない私が蘇った。
れでぃ・冥土はいくら作品を投稿しても、それがネットの誰かに評価されても、一向に自分は価値のある作品を作れていない気がしていた。新しい価値を提示し、かつ引用ではない作品。そんなものは存在しないのではないか。だとしたら、れでぃ・冥土が求めていたものは幻だったということになってしまう。ものの本質なんてどこにもなくて、私が追い求めていた美はただの影だった。という不安がれでぃ・冥土を苦しめていた。
ただ彼女はその日、死ぬつもりで手首を切り刻んだわけではなかった。いつものように痛みを欲していただけだった。いつもよりほんの少し深く。
私が病院のベッドで目を覚ました時、世界は何も変わっていなかったのに、私の中で何かが死に向かっている気がした。後に、精神病院で四か月過ごすことになるのだが、その間に私は自分の中で何が死にゆくのかを自覚した。
だから、私は描き残した。れでぃ・冥土の最後の作品を。晴れ渡る草原に浮かんだ扉の絵。この絵だけは投稿しなかった。これはれでぃ・冥土の墓標だと思った。
創作をやめた私は何者でもなくて、ただの精神障害者だった。死なずにいることだけが私に与えられたタスクだった。両親は口をそろえて自分のペースで生きなさいと言った。私は、一日一日を生きることに必死だった。気を抜くとすぐに死んでみせろと聞こえてきて、私はその声にがむしゃらに抵抗した。退院後は心療内科やその他支援機関の力を借りて何とか大学進学まで進むことができた。
そして、私は今も死なずにいる。生きていることが少しだけ苦にならなくなって、それだけで人間に戻れた気がしていた。れでぃ・冥土は早田先輩の亡霊に取り憑かれた、私とは別の存在だったのだと思うようになっていた。けれど、死なずにいることと、生きることは違うのかもしれないと思った。
私の腕は血まみれで、お気に入りの白のワンピースも赤黒く染まっていて、こんな私のどこが生きていると言えるのだろうか。鏡に映る私の目はやっぱり光がないように見えた。でも、どうすればいいの。もういっそのこと誰かに殺してもらいたい。
唐突にスマホが震え出した。着信だ。投げ捨てたリュックからスマホを取り出す。みちちゃんだった。出ないことにした。こんな状態の私を受け入れてくれる人なんていない。それでもスマホは震え続けていた。仕方なく私は電話に出ることにした。何事もなかったかのように、言い訳をしてすぐに切ろう。この手の噓は慣れっこだ。
「ごめんね、みちちゃん。ホントに急用だったの。置いてってごめん。まだちょっと立て込んでて」できる限りの明るい声で言ったつもりだったが、声は震えていた。鏡の中の私が死にそうな顔で笑っていた。
「ハナちゃん」みちちゃんが何か言いかけた瞬間、私は電話を切った。
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