第4話
「殺風景な部屋ね」と私の家につくなり、みちちゃんは言った。
「まあね」認めるしかない。六畳一間に冷蔵庫と鏡台くらいしか家具がないから。私は食堂でみるみるうちに体調を崩した。みちちゃんに支えられながら、何とか家まで帰った。みちちゃんの家は私の家の反対方向だった。申し訳なさから、せっかくだし、家で休んでいけばと私は誘ったのだ。今日は彼女にお世話になりっぱなしだ。
「この絵はあなたの絵?」とみちちゃんが壁に飾ってあるれでぃ・冥土の絵を指して言った。私は頷く。ホントはれでぃ・冥土の作品だけど、と脳内で付け加える。
「え、あなたがれでぃ・冥土なの?」とみちちゃんが驚いた様子で大きな声で言った。私はそれまでの落ち着いた話し方だった彼女から大きな声が出たことよりも、思わぬところでれでぃ・冥土の名前が出たことに動揺した。
「え、レディメイドってなに?」私は白を切ることにした。れでぃ・冥土の正体を知っているのは私しかいないのだが、そのことを知り合って間もない相手に話す気はなかった。
「知らないの? ホントに?」
「うん」この手の嘘はつきなれている。
「この絵のタッチは絶対れでぃ・冥土だと思ったのに」みちちゃんは残念そうに言った。
「そうなんだね」
「ハナちゃん、絵が上手いね」
「ありがとう。でも今は描いてないよ。この絵が最後に描いた絵」
「ふーん、辞めちゃったのね。もったいない」みちちゃんが怪訝な表情で言う。ま、座ってと私は床に座るように勧めてから、冷蔵庫で飲み物を探す。みちちゃんはわざわざ部屋の隅に三角座りで小さく収まった。その様子が少し可笑しかった。
「ごめん、お酒しかないや、飲み物」
「お酒? あなたお酒飲むの? え、同い年だよね?」
「たぶん、私の方が上だよ。私二年ダブってるから」
「そうだったのね、じゃあ、敬語で話さなきゃ」
「いいよ、今更」
「それもそうね」と言ってみちちゃんは私からチューハイを受け取る。一応一番アルコール度数の低いやつ。私はいつもの9%のレモンチューハイ。私も彼女の隣に座って、二人して部屋の隅で乾杯した。
「長いこと絵を描いてたんだよね? こんなに上手いんだから」
「描き始めたのは中学から。英語でね、最初にThis is a pen.って例文習うでしょ? これはペンです。そりゃ見たらわかるよって思ったわけ。でも、This is a pen.って英文を訳した時、私はペンの本質を見てる気がしたの。これは一度英語というフィルターを通して世界を捉えなおしているんじゃないかって気がしてきて、その場でペンの絵をノートに描いた。授業もそっちのけでずっとペンばかり描いてた。ペンの本質に絵で辿り着きたいと思った。バカげてるでしょ? でも、楽しかった」
「何で辞めちゃったの? あなたの絵素敵だと思うよ」
「だってつかれちゃったんだもん。描いてた時は死ぬ気でやったよ。ホントに死ぬ気で。もの本質には美が宿ると思ってたの。最初はへたくそだったのに、だんだんペンのデッサンが上手くなってきて、でも、ペンの本質はどんどん遠ざかってる感覚があって悔しかった。描けば描くほど美しさからは遠いところに自分の絵がある気がして……それで辞めちゃった」
みちちゃんは私をじっと見ていた。鋭い眼光でじっと。私は数秒で目を逸らしてチューハイを啜った。
「ハナちゃん、れでぃ・冥土みたいだね」
「だから、誰なのよその人」と私はすかさず笑って誤魔化す。
「私彼女に救われたの」相変わらず私をじっと見据えてみちちゃんは語り始めた。それはれでぃ・冥土も知らない物語だった。
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