第3話
私を助けてくれた女の子は浜辺満穂という名前だった。みちほなので、私はみちちゃんと呼ぶことにした。私と同じ国文学科の一年生だった。みちちゃんは私のことをハナちゃんと呼んだ。野山ハナだから、そのままハナちゃん。
「遅刻したと思ったらなんかしんどそうな人がいて、ビビったわよ」
「ホントごめん。マジで助かった」
あの後、なんとか落ち着いてきて、二人で教室に入った。何人かがちらっとこちらを見たけれど、すぐに興味なさそうに視線を前に戻した。怯えるほどじゃなかった。今日のオリエンテーションは午前までだった。私はみちちゃんにお礼として学食を奢ることにしたのだ。当たり前だけど、昼時の食堂は混んでいた。人の多さにまたしんどくなる気がして少し後悔した。
「あなたホントに大丈夫なの? 家まで送るよ」みちちゃんは熱そうな湯気が揺らめいているカツ丼のカツにふうふうと息を吹きかける。
「大丈夫。家近いから。ホントにもう平気なの」
「わかった」とみちちゃんが言ってから、私たちは無言で学食を食べた。私が頼んだわかめうどんは味が薄くておいしくなかった。無言の時間が続くと、何か喋らいないといけない気がして嫌だ。みちちゃんはそんなこと気にしていないはずなのだが、私は勝手に気にしてしまうのだ。
「部活決めた?」ふいにみちちゃんが訊いてきた。
「いや、何にも決めてない。みちちゃんは?」
「わたしも。明日一緒に部活棟周ってみない?」
「いいよ」
私たちは連絡先を交換し合った。みちちゃんは猫舌なのかカツを小さく一口食べては、ふうふうしていた。私は味の薄いうどんをとっくに食べ終えていた。手持ち無沙汰でスマホをいじってはやめ、いじってはやめ、コンパクトミラーでメイクを確認して、まだ目はちゃんと死んでいて、とにかく私は落ち着かなかった。周囲から聞こえる談笑が、どれも言葉として聞き取れず、しかし、音にしては意味を纏っているように聞こえてきて耳を塞ぎたくなった。聞き取れない意味を纏った音の洪水に襲われて私は逃げ出したかった。超えるべきハードルその二。人混み。
「ね、やっぱ家まで送るよ」ようやくカツ丼を食べ終えたみちちゃんが言った。
「え、なんで?」
「あなた、死にそうな顔してる」
「そうかなあ」と渾身の作り笑いをしてみる。
「そうだよ」とこちらを鋭い一重の目で見つめてみちちゃんは言った。
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