第5話 下界実習前のエピソード1 『獲物決定』 ステイ先選び



浮雲小学校の全児童は、一年生の時から下界実習を楽しみにしている。

六年生が自慢するからだ。


「下界には、ペンギンがいるんだぜ。奴ら鳥のくせに飛べねーで泳ぐだけ。おまえら見たことねーだろ?」


「私は、リムジンに乗ったのよ。え?リムジンが何かですって?ふう、これだから、お子ちゃまは困るわ。全くの無知ですもの」


「あたしなんか、もっと凄いわよ。海外旅行に付いてって、ラスベガスでカジノを体験したんだから。は?ラスベガスが、どこか?そんな事も知らないの?情けない!下界の世界地図を広げなさいよ」


こんな風に、下界実習を終えたばかりの六年生たちは、必ず得意げに自慢する。

下級生たちは、黙って聞くしかない。


「ちぇっ、今に見てろよ。俺なんか、もっと凄いの見つけてやるからな」


 世眠が、そう息巻いたのは、一年前だ。

そして、待ちに待った『獲物決定』 ステイ先選びの日がやって来た。


「ついに来たぜ!俺たちの時代が!」


登校早々、教室の真ん中で、世眠は叫んだ。

一時間目が始まると、クラス全体が、そわそわし始めた。

昼休みになるまで、ずっと浮足立っていた。

そして、お弁当箱が空になる頃、賑わいはピークに達した。

東校舎三階の各教室から、うるさいくらい活気に満ちた話し声が廊下に漏れ出した。


「私、水族館に行ってみたーい!」


「あたし、動物園!」


「わい、たこ焼き食うてみたいわァ。あれ、タコ入ってるんやて」


 六年三組の教室も、普段の十倍、賑やかだった。

 そして五時間目のチャイムが鳴った瞬間、普段は五香松先生に叱られるまで座らない子供たちが疾風の如く席についた。


「毎回、そうして貰いたいものね。では、起立、礼!」


「よろしくお願いします!」


 元気みなぎる大声が教室に響き渡った。

 どの班も、先生に言われる前に机を引っ付け合わせた。

 各班に水桶、下界の獲物にんげんを映す水鏡みずかがみ、名は日照鏡にっしょうきょうが二つ配られると、真ん中に置いて一斉に覗き込んだ。

 

「これは、下界の太陽エネルギーを活用しています。水に触れないよう注意してください」


 先生の忠告が聞こえたかどうか、実に怪しい。

 子供たちは、すっかり日照鏡に夢中である。

 三宝と同じ班のメンバーは、覚子と塞翁さいおう水南みずな、妹の水芹せり石蕗つわぶき西助にしのすけ、トイの六人だ。 


 水南と水芹、西助は、紫色の水が入った日照鏡を使った。

 黄金水の方を三宝が先に選んだからだ。


「どれにしようかな~。迷うね~。カッコは、どれにする?トイ君も決まった?」


三宝は、熱心に鏡を覗き込んでいる。一方、覚子は沈んでいた。

未だに、ついていけないからだ。人間イコール獲物の思考になじめていない。

トイは、覚子の思いに気付いていたが、何も言わなかった。

獲物選びは開始されたのだ。皆の笑顔と、興奮と共に。


「きーめた!私、これにする!」


 三宝が、すらりとした男性を指差した。

 見ると、なかなかのハンサムだ。


「やっぱり、獲物は顔が決め手よね。かっこいいでしょ?」


 満足そうに頷いたが、覚子は、【正しい獲物の選び方】と書かれた箇所を、三宝の顔の前に広げて見せた。


「先生、三歳から十三歳までの獲物を選びなさいって言ったよ?教科書にも、ほら、ここ!」


 『 人間の子供を、大きな獲物と呼びます。

   大きな獲物には、皆さんに役立つ純真無垢な記憶が、たくさん詰まっているからです。

   その一方で、大人は、小さき獲物です。

   酷く汚れた、汚染された頭脳から、微々たる純粋な記憶を盗み出すには、熟練の技が必要です。

   フレッシュな記憶を盗みましょう。

   保持できる記憶のバリエーションも豊富になります。

三歳から十三歳までの獲物を選びましょう。

中には意地の悪い獲物もいますので、日照鏡で、しっかり見極めて決めましょう。』


 しかし、この注意書きは、三宝の心を少しも動かさなかった。


「私の決意は変わらない」


  目を輝かせる親友を見て、覚子は肩を落とした。


「三宝ちゃん………あのね、二十歳過ぎてると思うよ。それに、男の人だよ?」


「そうね、キリッとした表情が素敵だわ」


 覚子はまだ何か言おうとしたが、トイが耳打ちしたので口を閉じた。


「言うだけ無駄だよ。三宝は生粋きっすいのハンサムきだって、世眠が教えてくれたよ」


 生粋のハンサム好きと聞いて、覚子も諦めた。おそらく誰にも止められない。


「あたし、こっちがいい!」


もう一つの水桶を覗き込んでいた水南が、声を上げた。

水鏡に映っているのは、四歳くらいの女の子だ。


「わい、こっちゃにすんで!」


水南の横で西助が、十歳くらいの女子を指差した。


「じゃあ、私、そっちにする」


 妹の水芹も決まった。


「カッコ、決まった?」


  覚子は、誰でも良かったので、ちょうどその時、水面下に映った人物を選んだ。


「この子」


「へー………」


 覚子が指さした人物を見て、トイは苦笑いしたが、三宝は首を傾げて、ありのままの感想を口にした。


「獲物選びのセンスないね。どう見たって、内気な子。つまんないよ?休みの日も、家で読書してそう。下界を見て回れないよ?実習中は、獲物と行動するんだから。家にいる子より、外で遊ぶ子の方が断然おもしろいよ」


「でも、ちゃんと子供だから!」


 この点は、強調したかった。


 この日、大人を選んだ児童が、三宝の他に十人もいた。

 前代未聞の型破りな獲物選び【ステイ先選び】を即断した児童たちは、教頭先生から雷を落とされた。

しかし、六年一組の担任、男雛先生の執り成しと、三宝の非常に優れた嘆願書が校長先生の心に響いたようで、規格外の『獲物決定』が許可されたのだ。



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― 浄土発 ― 浮雲九十九番地 : 覚子と世眠のHAPPY END かつおぶし @love1june6

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