第3話 乙女心を掴む方法 / 相談相手は、五老次郎


 浮雲は、地獄と極楽の狭間を彷徨い浮かぶ巨大な雲だが、そこは地獄でも極楽でもない死後の世界だ。

 そして、たくさんの妖怪が暮らしていた。

 一番地から九十九番地まであるが、人食い鬼も怨霊もいる。

 必ずしも妖怪の番地とは限らない。

 一日歩くと、一番地を抜ける。

  四十九日歩けば、四十九よんじゅうきゅう番地を抜ける。

  地獄か極楽か、どちらへ逝くかは天しか知らない話だが、浮雲に迷い込んだ死人しびとが引き返せるチャンスは、四十九番地までだ。 


  四十九日しじゅうくにちを過ぎれば、九十九番地まで、ひたすら歩くしかない。

  気が遠くなる話だが、子供の場合は大人と違って、二三日で着く。

 大人でも子供でも、浮雲を出られた死人は、これまで皆無である。

 五十番地に着いたら、もう地獄にも極楽にも逝けない。

 そんな死人の為に、世眠の曾曾ひいひいお爺さんの高瀬川たかせがわ 清次郎きよじろうは、せめて妖怪となって生きられるようとに願い、浮雲小学校を建てた。

 本来、浮雲小学校は、死人が妖怪になる為の学校である。

 保持妖怪の子供たちは、家庭教師がつくので通わなくていい。

 しかし、学校に行けば友達と遊べて楽しい。

 それで、通う子供は段々と増えて、今では本格的な妖怪の小学校になった。


 覚子が極楽逝きだったと知る者はいない。

 覚子は、表情が暗く乏しく友達を作ろうとしなかった。

 しかし、この度、世眠は焼鳥屋で初デート(世眠が勝手にデートと思っているだけ)の約束を取り付ける事に成功したのだ。

 勢いで告白した結果、すっぱりフラれたが、世眠は諦めていない。

 老舗焼鳥のカウンター席で、五老次郎に恋愛相談をした。

 夕方のお客は、大抵世眠だけなので、次郎も快く相手をしてくれる。


「師匠、俺、フラれたんだ。でも、どうしても諦めたくねえ。どうしたら、好きになって貰えるかな?」


 弱々しく小声で喋る世眠を見て、次郎は、可哀そうに思いながらも忍び笑いを浮かべた。


「坊ちゃん、師匠直伝の箴言しんげんってやつを、一つ教えやしょうか」


「えっ、ほんと!?何なに?」


 世眠が、喜び勇んで腰を浮かした。


「出会う客は福の神、これを肝に銘じなせえ」


「福の神?それ、三宝に聞いた事ある。下界の神様だろ?」


「へい。極楽逝きの死人は、神様に会える。地獄逝きの死人は、閻魔様に会えまさァ。けど、あっしらは、神に会うも閻魔に会うも無し。いわんや、福の神様なんぞ、とんと縁のない御方でさ」


「じゃあ、何で?」


世眠には合点が行かなかったが、次郎は続けた。


「だから、ですぜ。あっしは、浮雲に九十九番地が出来る前から、浮雲の一番端で商売してやした」


「そうなの!?」


 世眠は、びっくりした。初耳だった、おそらく三宝も知らない話だ。


「保持妖怪さまが来られるまで、ここは、うら寂しい場所で、来るのは道に迷った死人ばかり。死人が言うは、いつも愚痴」


 次郎は、昔を思い出したかのように、遠い目をした。


「ほとほと嫌になってやした。ある晩、一人の死人が、暖簾をくぐりやしてね。あっしは、てっきり死人かと思いやした。何しろ、容姿が人間そっくりなんで」


「そいつが、福の神だね!?」


世眠は、思わず口を挟んだ。期待に溢れて、緑眼がキラキラ光った。


「いんや、ぼっちゃんの曾曾爺様でさァ」


「えええっ!!!」


 次郎にしても、予想だにしない来客だった。


『美味しそうな焼鳥だねえ、大将。一本貰えるかい?』


「そん時の笑顔は、一生忘れやせんぜ。あの御方が、この浮雲の一番端を変えたんでさァ。まばゆいばかりの明るさで、ここを保持妖怪さまの下町、浮雲九十九番地と呼ばれるまでにしたんですぜ」


 清次郎の威風堂々たる態度、温かく慈悲深い微笑みは、次郎のすさんだ心を一瞬にして癒した。

 清次郎は、それ程までに神々しい男だった。


「坊ちゃんが、ここへ連れて来られたのは、三歳の時でしたねえ。坊ちゃんは、あっしに笑い掛けてくだすった。そん時の顔は、あの御方に瓜二つでしたぜ。坊ちゃんは、あの御方を超える大妖怪になれまさァ。優しい微笑みが、一番ですぜ」


「ほんとに?俺、大妖怪になって好きになって貰える?」


 世眠が、疑り深く尋ねると、次郎が、力強く請け負った。


「あっしは信じてやすぜ。坊ちゃんも、坊ちゃんを信じなせえ。そうしたら、嬢ちゃんにも優しくできまさァ」


 世眠の顔に、明るい笑みが戻った。


「よしきた、大将!あいつは、俺の福の神だ!絶対、ふりむかせるぞ!」


「その意気ですぜ。ただ、大将は、よしてくだせえ。照れやす」


 次郎の照れ顔を、世眠は、この晩初めて見た。

 すっかり話し込んでいた所に、老舗焼鳥の暖簾を酔っ払い生霊がくぐった。

 その生霊が女の人だったので、世眠は驚いた。

 女の生霊を見たのは初めてだった。


 そのOLは店に入る前から、べろんべろんになっていたが、ピシッと音が鳴りそうなほど黒いスーツをかっちり着込んでお団子頭にしていた。 

 酒の匂いも分からないようで、次郎が出す水に文句をつけなかった。

 浮雲九十九番地にも記憶ではない飲食物がある。それが、水だ。

 次郎は、生霊を心配して天然水と記憶焼鳥を交互に出した。

 世眠は、もう帰ろうかと思ったが、思わず聞き耳を立ててしまった。


「私、十年付き合った恋人にフラれたんです。学生の頃から付き合ってたんです。もうそろそろ結婚するのかなって思ってたら、好きな子ができたからって、あっさりフラれたんです」


 ぐずぐず鼻をすすって涙をこぼし始めた生霊を見て、世眠は、思わず声を掛けた。


「そんな奴、別れて正解だよ!そいつは、お姉さんの福の神じゃなかったんだ!次は、本当の福の神を見つけなよ。お姉さんも、きっと出会えるよ」


 次郎は驚いたが、生霊は、もっと驚いた。


「あなた、お母さんは?一人で来たの?」


 急に頭がしっかりして世眠をまじまじと見つめ始めたので、次郎が、慌ててフォローした。


「あっしの息子なんですぜ。似てやせんか?ちょうど夕飯を食ってた所でさあ」


「まあ!坊や、ごめんね。恥ずかしい所を見せちゃったわね。愚痴もこぼした事だし、もう帰ります。あの、お勘定を」


 生霊が言い終える前に、世眠は尋ねた。


「お姉さん、俺、好きな子がいるんだ。でも、フラれたんだ。女の人って何したら喜んでくれる?」


 次郎は苦笑したが、生霊は柔らかく微笑んで言った。


「私だったら、優しい言葉をかけて貰えると嬉しいわ。言葉で伝え続けるって、大事なことよ。それに、大好きっていう温かい気持ちは、きっと相手に伝わるわ。その子と、つきあえるといいわね。頑張って」


 そう言うと、五老次郎に頭を下げた。


「ごちそうさまでした」


 言った瞬間に、ふっと消えた。


「お姉さんも頑張ってね」


 世眠は、ぽつりと呟くと、「ごちそうさま!また来るね!」そう元気に言って意気揚々と店を出た。


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