第2話 覚子が笑った日1~世眠のライバルと、ヤケッパチの告白~
トイは、覚子が九十九番地に入った一週間後にやって来た。
転校初日、教室は色めき立った。
トイは、顔が小さく二重瞼で、整った鼻は高過ぎず低過ぎず爽やかな印象を与えた。
小柄だが、誰がどう見ても美男子だった。
「わあっカッコイイ!!」
女子が、きゃあきゃあ騒ぎ立てたので、男子は面白くなかった。
特に、世眠は気に食わなかった。
覚子の隣の席になったからだ。
トイは、生前、妖怪だった。
未練が残ったせいで浮雲に迷い込み九十九番地に辿り着いたが、元が妖怪なので先生たちも心配しなかった。
覚子と違い、トイは、子供のいない夫婦の養子になって九十九番地で暮らし始めた。
妖怪相手に戸惑う事はなかったが、覚子と同様に、トイも表情が豊かな方ではなかった。
どれだけ遊びに誘ってもクラスの輪に入ろうとしないので、話し掛ける男子はいなくなったが、女子に対しては驚くほど紳士的だった。
トイの方から親しく話し掛けるわけではないが、重そうな荷物を抱える女子を見つけたら、「僕が持つよ」と言って荷物持ちを代わった。
体操服を忘れた、先生に叱られると嘆く女子に、「僕のを使ってよ、洗濯してあるから綺麗だよ」そう言って自分が先生に怒られた。
こういう具合なので、女子には、モテまくった。
素っ気ない態度も、女子に言わせれば、ツンデレらしい。
この単語は、三宝が広めた下界ワードの一つだった。
ますます面白くない世眠は、トイに決闘を挑むわけでもなく、覚子に、ちょっかいをかけた。
昼休み、自主的に飛行練習をしていた覚子を見つけて、世眠は、校庭のド真ん中で叫んだ。
「おーい、パンツ丸見えだぞー!」
見えてもいないのに、気を引きたいが為の大嘘だった。
しかし、校庭で遊んでいた男子は、それを聞いて爆笑したのだ。
女子は、「世眠くんのスケベ!」「ヘンタイ!」と怒ったが、可哀そうなのは覚子だった。
顔を真っ赤にして着地すると、泣きながら保健室に逃げ込んだのである。
それを見て、世眠も深く反省した。
やり過ぎた、謝ろう、そう思って必死に後を追ったが、開け放たれた保健室に入ろうとした時、トイの声がして足が止まった。
「大丈夫、見えてなんかないよ。頑張って練習してたのに、酷いね。僕は、覚子ちゃんが頑張ってる姿を見ると、勇気が沸いて来るんだ。僕も、本当は知らない場所で暮らすのは不安なんだ。だけど、人間だった覚子ちゃんは、僕よりずっと大変でしょ?でも、努力を諦めない。尊敬してるんだ。良かったら、僕と友達になってくれる?」
「うん!!」
覚子が笑ったのは、浮雲に迷い込んでから初めての事だった。
「じゃあ、僕の事は呼び捨てでいいよ」
「分かった、今からトイって呼ぶね」
椅子に座って仲睦まじく話す二人を見て、世眠は我慢がならなくなった。
勢いよく保健室に飛び込むと、世眠は叫ぶように言った。
「俺だって友達になりてえよ!!」
突然の乱入者を見て、二人は呆気に取られたが、すぐに、トイが鋭い眼差しで覚子を庇った。
「じゃあ、どうして意地悪したの?」
聞かれて、世眠は真っ赤になったが、一思いに叫んだ。
「可愛いからに決まってるだろ!!好きなんだよ!!」
再び二人はぽかんとしたが、トイが、やれやれという風に肩をすくめた。
「好きな子に意地悪しちゃうって稚拙すぎるよ」
指摘されて、世眠は全身が真っ赤になった。耳も首も、茹で蛸だ。
「う、うるせーよ!初恋なんだよ!」
世眠の大声を聞きながら、覚子も顔が真っ赤になった。
(え、世眠くんて、私のこと好きだったの?え、いつから?)
まるで覚子の心の声に答えるかのように、世眠が、トイに突っ掛かった。
「悪いか!?一目ぼれなんだよ!!浮雲来た時、めちゃくちゃ、可愛かったんだぞ!!」
(ええええーーー!!)
覚子が色んな意味で仰天していると、トイが冷めた目をして言った。
「それなら泣かせちゃ駄目でしょ?ああ、もう、ほんと仕方ないな。ちゃんと謝って、仲直りしてから戻って来なよ。じゃあ、僕、先に戻るから」
「え、待って、私も帰る」
トイが保健室を出るのを見て、覚子も慌てて立ち上がった。
その時、世眠が、覚子の右腕を掴んだ。
「え?」
覚子が驚くと、世眠はぱっと手を放して言った。
「ゴメン!!」
そのたった一言が、覚子の胸には温かく響いた。
「泣かせてゴメン、焼鳥おごるから許してくれ」
項垂れる世眠を見て、覚子は思わず笑ってしまった。
「ふふっ、私、結構食べるよ?」
覚子の穏やかな声を聞いて、世眠は、がばっと顔を上げた。
「許してくれるのか!?」
「うん。でも、世眠くんに恋愛感情はないよ」
初めて覚子に微笑みかけられた日、世眠は、失恋した。
トイは教室で心配していたが、ちょうど、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った時、二人が一緒に戻って来た。
それで仲直りは上手くいったのだと分かったが、世眠がしょんぼり肩を落としているのを見て告白の結果を知ったのだ。
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