第5話

 久々にぐっすり眠っている私の睡眠は予想外に妨げられることとなった。


 魔力感知、生命感知に反応あり。家の中だ。しかしこの家に住んでいるのは私だけ。ならば侵入者か。それは違うだろう。

 そもそもこんな森の中に人なんて来ないし、私が許可した存在以外扉をくぐっても意味がないのだから。


 可能性は一つだけ。そして反応がある場所は客室だ。


 どうやら彼女が生き返ったようだ。間違いない。


 どうやって?何故今なのか?


 次々と疑問は浮かんでくるが、まずは観察だ。家の中程度の範囲ならばベッドに寝たままでも問題なく把握できるので、そのまま様子を窺う事にする。


 暫くじっとしていた彼女はベッドから上体を起こし、自分の身体をぺたぺたと触って確認した後に周囲を見回す。

 そしてベッドから降り、客室の扉を開けて廊下へ。


 なるほど身体機能に問題は無いようだ。歩行もできているし、暗い中で目も良く視えている。

 ただ、怯えているのか挙動不審で心拍数もかなり高い。


 リビングに出た彼女はテーブルの上にあった果物ナイフを手に取る。本能的に身を守るための行動だろう。

 脱出ゲームみたいだな。などと思いつつ様子を見る事数分、ついに私の部屋の扉へ手をかける。


 音を立てないように気を遣ってゆっくりと部屋に入ってきた彼女は当然、寝ている(寝たフリだが)私に気がつく。


 一瞬固まった後、何を思ったのか錯乱した様子でベッドに寝ている私に飛び乗り、手に持った果物ナイフで一心不乱に刺し始めた。


 ザシュ、ザシュッと静かな家の中にナイフが肉を抉る音が響く。1回、2回、3回……私を17回刺したところで息を切らした彼女が手を止めた。


 返り血が顔にこびりつき、言わずもがな両手は血濡れだ。放心状態なのか目の焦点は合っておらず、電池が切れた玩具のように固まっている。


 さて、ここまで大人しく観察に徹していたがそろそろ動こうと思う。流石の私もナイフで滅多刺しにされて何とも思わないわけではない。


 私はやられたらやり返す主義だ。たとえ誰が、どんな理由で私を害したとしてもね。


「果物ナイフは果物を切るためのものであって、それで人を刺してはいけませんよ。」


 私がそう言うと、彼女は驚いて弾かれたようにベッドから転げ落ち、後退りながら壁に背を付け、座り込む。


 胸に刺さった果物ナイフを引き抜きながら、何事もなかったように起き上がり自分に迫ってくる私に恐怖したのか、彼女はガタガタ震えながら浅く呼吸を繰り返している。


「聞こえませんでしたか?この果物ナイフは果物を切るためのものです。人を刺してはいけません。」


 私が再度声をかけるも、カヒュ、カヒュッと息を吐き出す音しか聞こえないので困ってしまう。無視なんてされるとつい殺したくなってしまう。

 しかし、もしかしたら耳が聞こえていない可能性もあるので確認した方が良さそうだ。


「聞こえているなら頷きなさい。」


 私がそう言うと、彼女はコクコクと頷いた。


 つまり聞こえているのに返事をしなかったということだ。うーん…やはり一度殺すか。


「ぇ…ぁい」


「なんですか?聞こえません。」


 ボロボロと涙を零しながら死にそうな小動物みたいな顔をして何かを言われたがよく聞こえない。


「ごめ……なさ…ぃ…ごめ…なさぃ」

 

 ふむ、ごめんなさい…と。どうやら謝罪をしているようである。

 少なくも自分のした行いを悪と認識し、罪の意識を持つレベルの知性はあると見える。カスみたいな異世界人にしては優秀だ。


「ちゃんと謝ることができて偉いですね。そんな貴女に免じて、先程のことは許しましょう。」


 私はできるだけ優しく少女の頭を撫でながら言葉を続ける。





「では今から、貴女をこのナイフで17回刺しますので、死なないでくださいね?」


 私は許したが、私が受けた17回の刺し傷の行き場所が無いのは困ってしまうのだ。


 しっかりと謝罪したのは素晴らしいが、それはそれ、これはこれ。だ。



「ヒッ…!」


 悲鳴のような、彼女の肺が空気を吸い込む音が聞こえる


「ごめんなさぃ…ごめんなさ…ぃ、ごめ─


「ああ、謝罪は受け取りましたのでもう結構ですよ。私は許しました。ですが罪は罪。貴女が私にしたのと同じ事を、貴女にもします。」


「ぁ…し、し、しんじゃいま、す…」


 人の事をナイフで滅多刺しにしておいて、自分の保身とは、期待させておいてやはり異世界人異世界人か…残念だ。私の教育で矯正できるだろうか。


「大丈夫です。1回死んでいるのですから、2回も3回も変わらないですよ。」


「ぁ、あ…やめ…て……」


「やめません。」


 ぐしゅ…という音と共に、ナイフが彼女の腹にゆっくりと刺さる。


「ゔあっ!ぁあああっ!!!」


「まだ1回目ですよ?そんなに騒がないでください。」


 ナイフを引き抜くと、腹に空いた穴からドクドクと血が湧き出てくる。ふむ、どうやら本当に生き返っているらしい。血液の循環も正常だ。


 2回目、今度は肺を狙ってナイフを突き刺す。


「ぁあ"あ"ぐッ!!…あ"…ゔぁ"あ!!!」


 3回目、4回目はもう片方の肺を。


 ゴポッ…ゴボッ…と苦しげな音を立てて少女の身体は空気を求めて血を吐き出す。


 そして身体に7個目の穴が空いたところで、じたばたと動いていた少女の力が抜け、腕が床の血溜まりにびちゃりと音を立てて沈んだ。


「死んでしまっては困ります。あと10回残っていますよ?」


 直ぐなら問題なく治せる。それに彼女の身体は私の治癒魔法の通りがとても良いので、この程度の刺し傷など何も無いのと同じだ。


 私の治癒魔法を受け、少女の身体に空いた7つの穴は瞬く間に塞がり、無かったことになった。


「良かったですね。死なないのが分かったので、これで安心して死ねますね?」


「!!!??????」


 目を白黒させて、という比喩表現があるがまさにそれだろう。目の前の少女は何が起きたのか理解できずに混乱しているようだ。


 ナイフで刺されて死んだと思ったら、何故か死んでいなくて、そしてまた刺されようとしているのだから。


「ま、まって…まってくださ、ぃ。」


 三途の川から戻ってきて混乱していた様子から一変して、段々と喋れるようになってきたらしい。1回死んだから逆に落ち着いたのか?まあ、待たないが。


 とりあえず刺しながら話を聞くとしよう。急所は外す。8回目。


「ぅぐっッ…あっ、ゔぅ〜……」


 子供ながらに声を殺して必死に痛みに耐えている様は評価に値するが、まあそこそこだ。命に届かない暴力は根源的恐怖とは程遠いところにあるのだから。


「それで、なんですか?」


「ゔぅ…あ、ぁ……はぁっ…はあっ……」


 お腹にナイフが刺さったままでは喋りにくいか。声を出すと響いて痛いだろう。


「あ、…あとなんかい、ですか。」


「あと9回です。」


「ぅ…だめ、ですか。」


「何がですか?」


「やらないと、だめですか。」


「ダメです。」


「あぅ…ゔぅ〜〜……うあああああん」


 泣いちゃった!


 まあそりゃ泣くか。というか既に涙と血液で顔はぐしゃぐしゃだし今更だ。


 それから出来るだけ痛いところを刺したり、重要で致命的な血管を刺したりして3回ほど事切れてしまったので、その度に治癒魔法で治した。

 苦痛に染まる表情は言わずもがな素晴らしいが、16回目、自分の身体から噴き出てくる血液の量に驚いていたのは最高だった。その後すぐに失血死したが。


そして、残す所はあと1回となる。


「よく頑張りましたね。あと1回ですよ。」


「…はぃ。」


 もっとみっともなく、年相応に泣き叫んだり、命乞いをしたり、両親に助けを求めたりするような反応を見せるのかと予想していたのだが、死ぬ度に段々大人しくなってきた。

 精神が壊れて廃人になって反応が無くなってきているのではなく、覚悟が決まってきたというか、悟りを開いたかのような表情になってきた。期待とは違うがこれはこれで良い。

 

「ああそうだ、本当に死んでしまうといけないので、貴女の名前を聞いておきますね。死んだらちゃんとお墓に名前を掘ってあげます。」


 流石に心臓を潰したら生き返るかわからないしまだ試していない。


「……。」


 俯いて黙ってしまった。名前か…そうか。素性に伴う記憶障害で自分の名前がわからない可能性はある。

 

「自分の名前が分かりませんか?」


「……はぃ。」


 どうやら当たりらしい。


「その他のことは覚えていますか?」


「は、はぃ。ほかは…だいじょぶ、です。わたしの…な、なまっ、なまえだけ、わかりません。」


「なるほど。教えてくれてありがとうございます。」


 局所的な記憶障害にしても、これは露骨過ぎる。

 ある時期の記憶がない、ある事柄に関しての記憶が無い等はありがちだが、自分の名前だけ思い出せないというのは何か明確な要因があるとみて良いだろう。


 それ以外にも、孤児が売られて死んだ場合とかだと、そもそも名前が無いまま死んだというのもあり得るから困る。


 ふむ…良いことを思いついた。

 

「ではこうしましょう。お墓の事はもういいとして、次も死ななかったら私が名前を付けてあげます。」

 

「なまえ………。」


 少女はぽかんとした表情で固まる。


「……ぇ、えへ…えへへ。なまえ、うれしい、です。」


「そうでしょう?感謝してくださいね。ではあと一回、なるべく頑張ってください。」


 私は少女の体を床に押し付け、心臓の位置にナイフを静かに突き立てる。そしてゆっくりゆっくり、少しずつ心臓へ向けてナイフの切先を沈めていく。


 「ゔあああああああああああっッッ!!!」


 コツンとナイフの刃が骨に当たる感覚。そのまま押し込んで切り裂く。

 少女は苦痛から逃れようとガリガリと床を手で掻き、爪が剥がれ落ちてゆく。ナイフの切先が心臓に触れた時、ふっと少女の身体から力が抜け、刃が沈み込んでいくとともに1回、2回と大きく身体が跳ねる。そしてビクビクと細かく痙攣した後、動かなくなった。

 瞳孔が開き、虚で美しい瞳で私を見つめている。


 やはり素晴らしい…。普通であれば1度きりであるはずの死を何度も繰り返し、その度に私を満たしてくれる。逸材だ。


 治癒魔法をかける。すると問題なく傷は塞がり、すぐに意識も回復した。

 心臓が破壊されても問題ないとは…予想はしていましたが、試したいことが増えますね。


「けほっ、ごほっ…はぁ、はぁ……」


「良かったです。死ななくて。素晴らしい事ですよ?」


「ぁひ、は…ひゃい!ありがとうござぃますぅ! ぇへ、えへへ。うぇひ。」


 少しテンションがおかしくなってますね。薬物中毒者みたい。

 …少し落ち着くまで待つとしようか。


 








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人でなしの美少女育成ゲーム(異世界版) 黒猫猫 @blackneko_886

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ