第4話

 ティーポットからは気に入りの茶葉の香りが漂い、緩やかに湯気を立てている。


 一仕事終えた私は現在、ティータイム中である。作り置きのクッキーを摘みつつ、紅茶の香りを堪能する。


「さて、どうしたものか。」


 状況を整理するべく、独り言を呟く。


 現在彼女は客室(一度も使ったことが無い)のベッドに寝かせてある。

 身体の損傷は一部を除き完璧に修復され、外見上は何も問題ない状態にまではなっている。きめ細やかな新雪のような肌も、宝石よりも澄んだ瞳も元通りだ。いや、おそらく元の状態よりも良いだろう。


 物理的に身体は治っているが、心臓は動いていないし、意識も当然無い。


 私が現在悩まされているのはまさにそこで、「命とは何か」という馬鹿みたいな問いの答えを求められているかのようだ。


 パソコンやスマホは部品が正しく組まれていて損傷が無い状態でも、電気がないと動かないし、電気があってもOSがないと無意味だ。


 今の状態はまさにそれだ。身体は治っているけど、それを動かす「何か」が足りていない。魂とでも、言うべきか。


 しかしおそらく、魂そのものはどういう訳かあの身体に残留しているものだと思われる。治癒魔法が作用している事からもそれは証明できる。


 魂がパソコンでいうところのOSだとすれば電気は血液か?酸素か?そういえば生体電気というのもあったな。

 とりあえず思いついたことを試してみることにした。


 まず心臓マッサージと人工呼吸。

 血液は身体に充填してあるので、風魔法で肺に酸素を送りつつ循環させるために心臓を手でにぎにぎしてみる。シーツを血で汚しただけだった。ダメ。


 魔法で電気刺激を与えてみる。

 身体がビクンビクンと跳ねただけで心臓は動き出さなかった。ダメ。


 魔力で物理的に身体を操って生きている人間と同じように血液を循環させ筋肉を動かしてみる。

 魔法を止めると糸が切れた操り人形のように動かなくなった。ダメ。


 ああそうだ、体温を忘れていた。動物には身体機能を維持する適温というものがある。人間は36度前後が適温だ。

 温めてから再度今までやった事を試す。

 が、ダメ。


 それから色々と試したが、特に有効そうなものは無かった。


 一旦問題は棚上げとし、今度は長期的なアプローチを考える。


 現在彼女は、死んでいる状態と生きている状態の中間に位置していると考えられる。

 注意深く観察して、治療する過程で気が付いたのだが、どうにも奇妙で治した箇所は変化しない。腐敗が進むような兆候も無いのだ。


 死体以上、脳死状態未満と言ったところか。


 なので擬似的に生きている状態を私の魔力によって再現し、代謝を発生させる。その状態を継続してみることにした。


 子供が自転車に乗る練習をする時補助輪を使うように、生きている状態に移行するために魔力の補助輪をつける。発想としてはそんなところだ。


 魔力によって強制的に心臓を拍動させ、血液を循環させる。各臓器の機能を無理やり稼働させ、生きている人間の体内環境を再現する。その魔法術式を彼女の身体に刻み、固定化させた。


 相変わらず意識はないが、形だけの状態としては生きている人間とさほど変わらないようになった。

 膝蓋腱反射も問題なく発生した。(膝の下を叩くと足が勝手に動く脊髄反射)

 しかし瞳孔は開いたままだった。医者ではないので細かい事はよくわからない。


 とりあえずこれでしばらく様子を見ることにした。半年くらい観察して変化が見られなければ別のアプローチを考えよう。




 などと思っていた過去の自分はお笑い草だった。


 代謝の発生する、脊髄反射の有効な意識のない状態というのは俗に言う植物人間、またはそれに近い状態という事だ。

 死体からランクアップしてしまったが為に、介護という名のお世話が発生することとなった。


 最初は魔力だけぶちこんでいれば大丈夫だと思っていたが、人間は魔力だけでは持たないらしい。私は大丈夫なのだが。

 1週間ほどで目に見えるほど身体が痩せ、肌も荒れてきた。

 せっかく綺麗に治したのにこれではいけないと思った私は、急遽自作した点滴セットで水分とある程度の栄養を入れ、流動食をチューブで胃の中に流し入れ、もちろん体の中に入ったものは出てくる訳なので排泄の世話もする。


 なんだ?私はいつから意識のない子供の介護をするようになった?

 しかもこれは私が強制的に彼女の身体を機能させているからで、ある意味セルフ介護である。


 こんな事やってられるかとも思ったが、私は一度やり始めた事は最後まで貫くポリシーがあるために、そんな生活を続けた。


 そして当初予定していた半年が経過し、彼女の身長は1センチ程度伸びたが、それ以外の意識的な方は残念ながら特に変化は見られなかった。

 身長に変化があった事に気がついた時は思わぬ変化に驚いたものだが、よく考えたら擬似的に生命活動を再現しているわけで、栄養を入れている以上成長期の子供の身長が伸びるのは当たり前だった。


「仕方ありませんね。次はどうするか…。まあ明日にでも考えましょう。」


 現在の方法に見切りをつけ、私は刻んでいた術式を解除する。


 そして精神的な介護疲れを癒すために自室へと向かい、睡眠をとることにした。

 思い返せばここ暫くはあまり眠れていなかった。しっかりと休息を取り、また次のプランを考えよう。

 せっかくの面白そうな玩具なのだから、ここで捨てるのはもったいない。


 そんな事を考えつつ、私は眠りについた。




 家主が寝静まった夜、物言わぬその少女の双眼は静かに天井を見つめていた。




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