第3話

 何故私は、彼女を治せると思ったのか。


 なぜそれがおかしいか。


 それを説明するにはまずこの世界の治癒魔法についてを話さねばならない。


 異世界ファンタジーの治癒魔法でよくあるタイプだと、「なんかパアァ〜と光って傷が治ってる。」という感じのものが多いだろう。

 それで四肢欠損等の重症も一瞬で治ってすげー!!的な。しかも死者蘇生もできますとか。

 この世界にはそこまでの高性能魔法は無い。こと治癒魔法においては。


 原則1、死者の蘇生は不可能。

 しかし首を綺麗に切断されて即座に治癒魔法でくっつけた場合は助かる確率が高い。

 即座にというのは1秒未満くらいの感覚だ。


 原則2、先天的なものもしくは古傷の治癒はできない。

 古傷というのは「自然治癒してしまった傷」だ。もう治っているものは更に治すことはできないという判定になる。

 骨が曲がってくっついてしまっていたり、火傷後で皮膚が凸凹になってしまっていたりもそうだ。曲がってくっついた骨を折り直して治癒魔法でくっつけても曲がった状態で治る。

 要は、自然治癒した段階で回復ポイントが固定されるという事だ。

 加えて、自然治癒の判定も中々手厳しい。不完全な状態で治ったもの…たとえば裂傷なども、傷が塞がっていなくても時間が経ってある程度出血が治ったくらいの段階で治癒魔法を受け付けなくなる。受傷から1日も経てば治癒魔法の効果はほとんど見込めない。


 原則3、肉体もしくは魂いずれかが存在しない対象には効果がない。

 これは原則1と少し被るが、幽霊とか死体には効果がありませんよという事だ。肉体と魂の両方が揃っていないといけない。


 以上を踏まえて再度言わせてもらう。


 死体を治療できるというのはおかしいのだ。全ての原則に反している。


 まず死んでいる時点で無理だし、私の目の前の彼女はどう甘く見積もっても死後1日以上は経過している。状態から見ても2日は経っていると思う。


 考えても仕方がないので、試しに損傷した腕に治癒魔法をかけてみる。


 するとどうだ、ゆっくりではあるが傷が塞がっていくではないか。これには流石の私も驚きを隠せない。


 面白い。


 私の中にある、言葉で言い表せないグツグツとした感情が湧き上がってくる。これは良い玩具になるかもしれないと。


 私は川に浸した竜血無花果に目もくれず、彼女を肩に担いで急ぎ帰宅する。他人の目に触れさせるべきではない。

 まだどうなるかはわからないが、久しぶりの楽しくなりそうな予感に、私は心躍っていた。




 森の中の小さな物置小屋。一見すると廃墟にしか見えないその建物。

 その粗末な扉をくぐった先には、明らかにその小屋より広いスペースに加えて清潔で文明的な、分かりやすく言えば現代日本の住居のような空間が広がっている。


 魔法とは便利なものである。


 空間拡張、魔力波長識別。


 この物置小屋の扉は、私以外が潜ってもその中にあるのは風化して半分自然に帰った廃墟そのものである。


 つまり私と、私が許可した存在以外入れない家だ。

 面倒なセールス、宗教勧誘、強盗の類はシャットアウトである。まあ、こんな森の中には滅多に人など来ないのだが。


 家に帰ってきた私は一目散に地下室へ。そこにある実験室の処置台へ少女を寝かせる。 処置台といっても最近は解剖でしか使ってなかったなあ…などと思いつつ改めて少女の状態を確認する。


 外見年齢は5〜7歳といったところ。


 外傷は四肢の損傷、左の眼球喪失、皮膚の変色に陵辱の傷跡。その他体の至る所に傷があり、むしろ無事なところがない。

 生前は輝いていたであろう淡い金色の髪も、今は燻んで汚れ、擦り切れている。

 強いて無事な箇所を挙げるとすれば残った右眼だろうか。死後時間が経っているのにも関わらず、それだけは碧く澄んで美しいままだ。

 あと頭は割れていなかったので脳みそが溢れたりはしていなかった。運がいいな。


 治療をする前に内臓も確認する。もちろん腹を開いて直接だ。

 死んでいるから麻酔は必要ないし、出血も発生しない。ただでさえ川で念入りに血抜きされているから、親切である。気分は司法解剖だ。


 指先に魔力の刃を生成する。電気メスならぬ魔力メスだ。本当に魔法は便利だとつくづく思う。


 魔力メスは少女の皮膚を何の抵抗もなく滑っていく。

 腹を開いてみると血が抜けて色の薄くなった臓器たちがこんにちはだ。

 ぐにぐにとした感触を手に確認していくと、やはりというか、下腹部の損傷が目立つ。腸は破けているし子宮は潰れて中々凄惨な事になっている。


 子供の死因としては腸管穿孔だけでも十分だが、それ以外の死因候補がバーゲンセールのようだ。オーバーキルも良いところである。

 きっと死の瞬間まで絶大な苦痛を味わっていたに違いない。ああ…想像しただけでゾクゾクする。


 どんな悲鳴をあげていた?命乞いの言葉は?表情は?

 命が削られる絶叫は何者にも変え難い甘美な栄養素だ。


 いけないいけない。思考が逸れてしまった。まずこれをどうするかだ。


 当たり前だが死者の蘇生などやったことが無いので、とりあえず肉体の復元からやってみようと思う。


 治癒魔法が有効なのは先程確認したので、まず内臓から治していく。

 死んでいるのに加え、損壊を受けてから時間が経っているので本来は効果が無い筈なのだが考察は後だ。

 流石にこのまま時間が経ち、腐ってしまってはもうダメだと思う。今が寒い季節で助かった。


 内臓で無事なのは心臓、胃、膵臓、胆嚢辺りか。それ以外は潰れたり、裂けたりで現代日本では打つ手がないレベル。


 移植する臓器なんてないので、損傷したものを治癒魔法で修復していく。ついでにもう簡単に壊れないよう、魔力で補強を入れる。

 生きていればこれだけで麻酔の上から脳の許容を爆発的に超える痛みと苦痛でショック死不可避なのだが、死んでいるので関係ない。


 全部治そうとしたが、肝臓の一部と子宮については完全に修復できなかった。

 治癒魔法の原則2のように、あるポイントから先には修復を受け付けない。肝臓はまあ少し欠けてても何とかなるが…半分潰れた子宮ではもう一生子供作れないな。気の毒に。


 憶測にはなるが、生きている間の、それも死ぬよりもだいぶ前にその箇所は自然治癒の判定を受けていたのだと思われる。


 せっかくなので綺麗に治したかったが、無理なものは仕方がない。他の部分を完璧にやろう。長丁場になりそうだ。




 そのまま集中して処置を続け、外傷の方の治療も完了したのはそれから8時間後の事だった。





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