Episode 3. 「ガラスの涙」
部屋を出た瞬間、
世界は光に満ちていた。
青。
紫。
藍。
澄み切った蒼。
回廊の壁も床も天井も、まるで宝石そのものだった。
無数の輝きが折り重なり、視界を刺すほど眩しい。
――綺麗。
……でも、綺麗すぎる。
私は、このゲームで何者なんだろう。
長い廊下を、ただ前へ進む。
行き先なんて考えなかった。
この世界では、どうやら道のほうが私を選んでいる。
そこで、彼女を見つけた。
窓辺に立つ一人の女性。
周囲を取り囲む侍女たち。
少し青みがかった白い肌。
ラベンダー色の髪。
整いすぎた顔立ち。
そして――涙。
侍女たちは慌てて慰めていた。
けれど、私の胸は何も動かなかった。
哀れみも、同情も。
偽物だ。
私は知っている。
涙を「作る」方法を。
彼女は私に気づき、
侍女たちを手で追い払うと、ゆっくりと近づいてきた。
「……レジーナ」
震えた声。完璧な演技。
「私が、可哀想じゃないの?」
「姉よ? あなたの……」
彼女は睫毛についた一粒の涙を拭った。
「いいえ」
短く、乾いた答え。
彼女の表情が歪んだ。
じっと私を見つめ、やがて、歪んだ笑みを浮かべる。
「まあ……」
小さく笑う。
「どうしたの? いつも優しいレディが」
そして、私の耳元で囁いた。
「賢くなった?」
「でも、覚えておきなさい」
「王位継承者は、私よ」
――シマ・ア=ミンヴィ・タンペット。
名前が、冷たく響いた。
「あなたは、妹として――」
「ヘルを、私に渡せばいいの」
……随分と、分かりやすい。
この世界は、最初から牙を剥いてきた。
なら。
これはゲーム。
遠慮なんて、必要ない。
私は、もう“あちら側”の失敗作じゃない。
今の私は――
レジーナ・ア=ミンヴィ・タンペット。
私は微笑んだ。
「まあ、シマお姉様」
わざと大きな声で言う。
「お化粧が、涙で崩れてしまってますわ」
「お手伝いしますね?」
断れない。
周囲には侍女たち。
彼女は“可憐な姫君”なのだから。
私は彼女の頬に触れ、
化粧を一気に塗り潰した。
完璧だった仮面が、無残に崩れる。
背後で、笑い声が上がった。
抑えきれない、素直な笑い。
次の瞬間、
甲高い悲鳴。
……ああ。
なんて、甘いの。
母親もどきに、こんなことは出来なかった。
あの女なら、殴ってきただろう。
痛みは感じる。
ただ、それほど深くはなかった。
私は再び歩き出した。
行き先なんて決めていない。
それでも、足は止まらなかった。
やがて、視界が開ける。
テラス。
その先に広がっていたのは、
果てしない水の世界だった。
――水。
胸が、少しだけ軽くなる。
入りたい。
服は動きにくそうだったけれど、構わない。
ここでは、きっと代わりはいくらでもある。
問題は、どうやって降りるか。
そこへ、二人の侍女が通りかかった。
あの双子だ。
「ねえ」
「水辺まで、案内して」
「え……?」
二人は目を見開いた。
「岸へ」
「ですが、なぜ……?」
一人が私の額に手を当てる。
「熱は……ないですね」
「体感で……三十二度くらい」
三十二?
生きてる人間の体温じゃない。
……そうだった。
ここは、別の世界。
「いいから、連れて行って」
「その後は、今日は自由にしていいわ」
“自由”という言葉に、
二人の目が輝いた。
宮殿を出て、水辺へ向かう。
岸に着くと、彼女たちは深く頭を下げ、去っていった。
やっと。
私は、そのまま水に身を投じた。
温かい。
包まれる。
この世界の水は、私の知る水よりも優しかった。
でも、体も違う。
新しい感覚。
たとえこれがゲームでも――
前の世界より、ずっといい。
あちらには、痛みしかなかった。
水面は静かだった。
波ひとつない。
服も、邪魔にならない。
私は、思わず笑った。
双子の話を思い出す。
ここは、王国で最も大きな川。
その時だった。
水の中に、
白い“何か”が見えた。
……尾?
私は、静かに後ずさる。
しかし。
水が、大きく揺れた。
次の瞬間、
巨大な影が水面を割って現れる。
蛇?
違う。
それは――
ドラゴンほどの大きさを持つ存在。
海竜……?
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