第10話 退出

───


巨大なお菓子の塊は、動きを失いつつあった。


石膏が硬化し、

形を固定し、

崩れかけた輪郭をそのまま閉じ込めている。


声は、まだ聞こえる。


「……が……」

「…58:g……」

「…´●و彡……」


だが、

もはや意味を成さない。


(判別不能)

(処理失敗)

(再構成不可)


思考の流れが、

次第に弱まっていく。


固定。

沈黙。


対処は完了した。


倒した、というより、

機能を止めた、に近い。


一歩、距離を取る。


振動は収まり、

床の沈みも止まった。


甘い匂いが、

少しずつ戻ってくる。


理由を整理する。


あれは、

ダンジョンマスターではない。


知性が、低すぎる。


判断は反射的で、

照合も粗い。


命令を受けていた形跡もない。


――ボス。


配置された存在だ。


奥へ進んだことで、

反応したのだろう。


こちらの体内にあるコアに。


だが、

知覚された感覚はない。


直接、認識されたわけではない。


思い当たる節は、

いくつかある。


距離。

滞在時間。

反応域。


今後は、

奥に行くべきではない。


ダンジョンの導入部まで。


それ以上は、

余計な反応を呼ぶ。


必要なのは、

観測であって、

刺激ではない。


踵を返す。


戻る。


通路は、

先程までと同じ装飾だ。


だが、

一部が歪んでいる。


石膏の欠片が、

砂糖の床に混じっている。


(何だ今の音)

(警報出てないよな?)


外側の思考が、

微かに流れ込む。


入口が近い。


光が、

少しだけ強くなる。


外に出る。


人がいる。


ダンジョン管理の職員が、

数名。


その前に、

ツヨイゼ。


距離がある。


声だけが、

断片的に聞こえる。


(ランク帯が違う)

(記録にない反応)

(内部ログ、確認します)


ツヨイゼの思考は、

落ち着かない。


(逃げた判断は正しい)

(でも、説明は必要だ)

(あれ、何だったんだ)


関与する理由はない。


横を通り過ぎる。


帰るつもりだった。


だが――


「ちょっと待ってくれ!」


声が、

こちらを呼び止める。


足を止める。


振り返らない。


思考が、

一斉にこちらへ向く。


(あの子だ)

(一緒に入ってた)

(生きて出てきた?)


空気が、

わずかに変わる。


ここから先は、

予定にない。


だが――


対応は、

必要になるだろう。




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