第8話 有名ダンジョン

 ───


 有名ダンジョンは、空気が違う。


 人が多い。

 音が多い。

 甘い匂いが、遠くからでも分かる。


(今日は人が多いな)

(撮れ高ありそう)

(新規? あの格好で?)


 無数の思考が、流れ込んでくる。


 壁はチョコレートの意匠。

 入口はクッキーのアーチ。

 キャンディ状の装飾が、照明を反射している。


 動画で見たとおりだ。


(これ初見でも楽しいんだよな)

(映え最優先)

(死なないダンジョン)


 人気が出る理由は、理解できる。


 入場条件を確認する。


 現在の級では、単独入場不可。


(まあ、当然だろ)

(低ランクは足切り)

(事故られても困るし)


 制限は、妥当だ。


 同行者を募る必要がある。


 掲示板を見る。

 現地募集の簡易表示。


(初心者連れOK)

(ネタ枠歓迎)

(配信外でも可)


 軽い。


 声をかけられる前に、

 こちらから声を出す。


「同行者を探しています」


 数瞬の沈黙。


(え、マジで?)

(あれ初心者?)

(服やばくね?)


 視線が集まる。


 回廊に適した装いは

 この場所では異物だ。


(コスプレ?)

(ガチ?)

(関わらない方がよさそう)


 格差を感じる。


 ここは、完成された世界だ。

 整えられ、加工され、消費される。


 あまりに明るい。


 だが、

 退く理由にはならない。


「マジで?」


 軽い声。


 振り向くと、

 余裕のある男が立っていた。


(面白そう)

(ネタになるかも)

(まあ、死なせなきゃいいか)


 装備は整っている。

 動きに迷いがない。


「ここ初めて?」


 頷く。


(そりゃそうだよな)

(その格好で単独は無理)


「……その服、目立つな」


(別に悪意はない)

(でも正直浮いてる)


「まあいいや」


 肩をすくめる。


「俺はツヨイゼだ。

 今日は配信でもないし、

 一人増えても問題ない」


(深く考える必要もない)

(話のネタになりそうだしな)


「条件な」


 指を立てる。


「邪魔しない。

 指示は聞く。

 危なくなったら自己責任」


 当然の条件だ。


 頷く。


「で、お前は?」


 名を問われる。


(こいつ本名言いかねないな)

(まあ何でもいいか)


 考える。


 ここでは、

 こちらの名も、不要だ。


「……後ろを歩きます」


 答えは、少しずれている。


 ツヨイゼは一瞬だけ間を置き、

 それから笑った。


(変なやつ)

(でもまあいいや)


「オッケー。

 じゃ、それで」


 列に並ぶ。


(初心者連れか)

(大丈夫かな)

(まあ、自己責任って言ってたし)


 甘い匂いが、さらに濃くなる。


 中に入る。


 色が、音が、情報量が多い。


(うわ、テンション上がる)

(ここ写真撮りたいな)

(初見には最高だろ)


 壁はチョコレートのブロック。

 床は砂糖を固めたように白い。

 飴細工の照明が、規則的に配置されている。


 手間がかかっている。

 意図が明確だ。


 攻略者が、

 何を求めているかを

 正確に把握している。


 管理者として見ると、

 どうしても比較してしまう。


 ここでは、

 作ること、来ること自体が娯楽だ。


 完成され、

 消費される前提で、

 迷いなく整えられている。


(こういうのがウケるんだよな)

(分かりやすいし)

(可愛いし)


 人形回廊は、違う。


 あそこは、

 生まれたものを

 どう扱うか、

 決めきれない。


 格差だ。


 趣向の差。

 目的の差。


 ツヨイゼは、迷わない。


「ほら、こっちだ」


 床を踏み鳴らす。


 身体が、わずかに浮く。


 移動系のDE。


(初心者には悪いが、着いてきてもらうか)

(5級ならこのくらいだろ)


 段差を、まとめて越える。


 追いつく。


 息は乱れない。

 遅れもしない。


 使っていない。


(あれ?)

(DE使ってない?)

(まあいいか)


 ツヨイゼは気にしていない。


 干渉系も同じだ。


 壁際のキャンディを、

 軽く弾く。


 派手に砕け、

 甘い破片が散る。


(こういうの気持ちいい)

(壊す用に作られてるし)


 進む。


 構造は単純だ。

 迷わせる気はない。


 見せるためのダンジョン。


(楽だな、ここ)

(初心者向けだし)


 奥へ進むほど、

 装飾は過剰になる。


 その分、

 管理は行き届いている。


 生まれて、

 すぐ消える前提。


 どうしても思う。


 ずいぶん、

 軽い。


 その時。


 床が、ゆっくりと盛り上がる。


(来たな)

(雑魚だ)


 ぷるり、と

 弾力のある音。


 半透明の塊が、

 人の形を模して立ち上がる。


 グミ。


 派手な赤色。

 中に気泡が見える。


 モンスター。


(初見でも余裕)

(動き遅いし)


 ツヨイゼが、

 一歩前に出る。


「ほら、あれ」


 こちらは、

 そのまま後ろに立つ。


(何もしなくていい)

(見てれば十分)


 動きを見る。


 生まれ方。

 揺らぎ。

 形の維持。


 勉強になる。



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