第6話 講習

 ───


 初心者講習の担当は、断らない。


 理由は単純だ。

 断った相手が事故を起こす方が、後始末が厄介になる。


 だから今日も、登録を終えたばかりの攻略者に声をかけた。


 入口付近に立っていたその人物は、ひと目で浮いていた。


 薄汚れたクラシカルなロリィタ。

 色はくすみ、裾は擦れている。

 飾りは多いが、手入れされている様子はない。


 淡い色の髪を、無造作に下ろしている。

 整えてはいないはずなのに、乱れてもいない。


 近づくにつれ、違和感が増していく。


 立ち方が、人と違う。

 力が抜けているのに、崩れない。

 首の角度が、一定だ。


「こんにちは。初心者講習の担当です」


 声をかけると、ゆっくりとこちらを見た。


 首の動きが、必要な分だけで止まる。


「よければ、最初のダンジョン、同行しますが」


 この見た目で一人で行かせるのは躊躇われた。後から問題になるのは避けたい。


 近場の講習用に整備された低危険度ダンジョンを勧める。


 相手は少し間を置き、頷いた。


 返事は短い。


 歩き出すと、一定の距離を保ってついてくる。

 近すぎない。

 離れすぎない。


 意図的に取っている距離に見えた。


 入口前で立ち止まる。


「ここは初心者向けです。

 移動系と、軽い干渉系のDEが学べます。」


 説明を始める。


「移動系は、足運びが軽くなる。

 干渉系は、物に触れた時に影響が出る」


 相手は黙って聞いている。


 反応は薄い。

 だが、聞いていない様子でもない。


「実際に使ってみますか?」


 そう言って、簡単な例を見せる。


「……不要です」


 即答だった。


「え?」


 聞き返してしまう。


「不要です」


 声の調子は変わらない。


「初心者の方は、一度体験した方が――」


「不要です」


 繰り返される。


 理由は言わない。

 拒否の感情も見えない。


 ただ、必要ないと言っている。


 中に入る。


 薄暗いが、危険はない。


 段差に差し掛かる。


「ここ、DEポイントです。こんな感じで…」


 説明し手本を見せる。


 相手は、足を止めない。

 意識していないのだろうか。


「えっと…今のが、移動系です」


 声をかける。


「把握しています」


「……使っていないんですか?」


「はい」


 意味が分からない。


 干渉系のポイントでも同じだった。


 説明する。

 見せる。

 だが、相手は一切使わない。


「慣れたら楽になりますよ」


「不要です」


 その一点張りだ。


「……どうして?」


 つい、聞いてしまう。


 返答はない。


 ただ、こちらを見る。


 視線が、探るようでも、拒むようでもない。


 判断できない。


 歩きながら、観察する。


 動きは正確だ。

 無駄がない。


 だが、慣れている様子とも違う。


 例えるなら――


 捨てられた人形だ。


 管理されていない。

 磨かれていない。

 それなのに、壊れてもいない。


「怖くないですか?」


 講習として、聞くべき質問。


 相手は、少し考えてから答えた。


「勉強になります」


 胸の奥が、ひやりとする。


 楽しいでも、怖いでもない。

 ただの評価。


 出口が近づく。


 本来なら、ここで一度切り上げる。

 だが、このまま一人で帰す判断もできなかった。


「今日はここまでにしましょう」


 相手は頷く。


「有益でした」


 その言葉が、妙に引っかかる。


 外に出る。


 相手は、立ち止まらない。

 周囲を見回すこともしない。


 何を考えているのか、分からない。


 いや――

 考えているかどうかすら、分からない。


「次も、同行しますか?」


 確認のために聞く。


 相手は、少しだけ間を置いて答えた。


「必要であれば」


 必要かどうかを、こちらに委ねている。


 それが、ひどく不気味だった。


 何だ、この子。


 意図が、まったく読めない。


 分からないことが、

 こんなにも怖いとは思わなかった。



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