第2話 幸せ屋敷



───


目が覚めた時間を確認しない。


起き上がれた、という事実だけで十分だ。

カーテンの隙間から差し込む光の角度で、朝か昼かを曖昧に判断する。


机の上には、閉じたノートと、昨日のままの水。

それから、薬。


これは必要な処理だ。

正常に戻すためではない。

思考が拡散しすぎないよう、境界を保つための調整。


水と一緒に飲み下し、椅子に腰を下ろす。


スマートフォンを確認する。

講義の通知は、もう来ない。


休学中、という扱いになっている。


精神的に、通う余地がない。

そう判断された。


こちらとしては、通うつもりだった。

可能だと思っていた。


だが、判断はこちらの外で下された。

それを不当だとは思っていない。


今は、管理が優先されている。


ノートパソコンを開く。


ECサイトの管理画面が表示される。

在庫数は変わらない。

商品ページも、昨日と同じ位置にある。


注文は、ない。

問い合わせも、ない。


更新はしている。

写真も差し替えた。

説明文も整えた。


それでも、反応は返ってこない。


問題はない。


外は、そういう場所だ。


画面を閉じる。

今日、梱包するものはない。


代わりに、ダンジョンの管理画面を開く。


こちらの管理する

ドールズコリドー――人形回廊は、今日も稼働している。


来訪者数は多くない。

だが、ゼロでもない。


危険度は低い。

即死要素なし。

事故報告なし。


報酬は少額だが、定期的に振り込まれている。

生活費としては、ぎりぎり。


余裕はない。

だが、破綻もしていない。


これ以上は、いらない。

これ以下は、困る。


今の状態は、管理しやすい。


回廊の内部を確認する。


人形の配置は、昨日調整した通りだ。

距離。

角度。

視線の流れ。


問題はない。


それでも、外の認識は一様ではない。


攻略サイトや、個人の感想では、

ここはしばしば

「お化け屋敷」

「肝試し向け」

と呼ばれている。


こちらは、その呼び方を気に入っていない。


壊す前提で入る場所でも、

怖がるためだけに通る場所でもない。


ここには、子がいる。


ただ置かれているのではない。

並んでいる。

管理され、配置され、形を保っている。


それを囲む空間を、

不幸だと呼ぶ理由が、こちらにはない。


愛する子らに囲まれるのだから、

ここは、幸せ屋敷だ。


その認識を、外に向けて主張する必要はない。


人は、そう呼びたいものを、そう呼ぶ。

それでも、来る。


来る、という結果だけが重要だ。


壊される理由について考えた。


攻略者は、ダンジョンに入れば武器を構える。

癖だ。


構えられた武器は、いずれ振るわれる。

それが、これまでの流れだった。


壊されるのは、損だ。


感情ではない。

単純な計算だ。


壊される理由があるから、壊される。


ならば、理由を消せばいい。


こちらは、配置を見直した。


人形同士の間隔を広げる。

正面を向かせない。

完全な左右対称を避ける。


攻撃対象として認識されにくい形を選ぶ。


次に、動線。


立ち止まらせない。

振りかぶる余地を与えない。


歩きながら見せる。

足音が反響するよう、通路幅を揃える。


意識は、攻撃より先に来る。



「見られている感じがする」



そう思わせるだけで、十分だ。


倒す対象ではなく、通過する場所。


それが、こちらの回廊に必要な認識だった。


こちらは、さらに判断を進める。


観光地にする。


攻撃を前提としない空間。

体験を消費する場所。


肝試し。

お化け屋敷。


そう呼ばれるのは気に入らない。

だが、その分類によって武器が下ろされるなら、それでいい。


壊されなければ、問題はない。


出口を調整する。


一人一体まで。

持ち帰りは任意。


記念品、という形式を採用する。


奪われたのではない。

倒されたのでもない。


行き先を、与えただけだ。


記念品なら、丁寧に扱われる。

壊されにくい。

捨てられにくい。


結果として、外に出る数は増えた。


こちらは、それを把握している。


どこに置かれ、

どう見られ、

どの程度、恐れられているか。


問題はない。


回廊の外でも、

子らは形を保っている。


椅子から立ち上がる。


水を飲む。

カーテンを少しだけ開ける。


外は、静かだ。


世界は、こちらを必要としていない。

だが、こちらは世界を管理している。


少なくとも、

置くべきものについては。


今日も、生活は続く。

回廊も、稼働している。


幸せ屋敷は、満ちている。




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