踏んだ覚えのないイベント

「えっと……義井さん?」


「あ、はい……はぁはぁ……」


 私は膝に手をつきながら息を整える。すると「隣座る?」と優しく声を掛けてくれた。私はお言葉に甘えて隣に腰を掛ける。


 前世よりも体が軽かったからかちょっとやり過ぎたな。


 少しの間、私は息を整え、ようやく話せる状態になった。


「大丈夫?」


「ああ、はい。すみません……」


 やばい近い可愛い……! 黒髪ロングが似合う清楚な顔立ち。伊達メガネをしていないからか、教室の時よりも100倍可愛く見えちゃうんですけど!?


「……なんで私ってわかったの?」


「えっと、まぁ、雰囲気……?」


 全然雰囲気は教室の時とは違うけれど、思いつく言い訳がこのくらいしかなく、誤魔化すように笑いながら言った。


 実はあなたがここに来ることを知ってました! とは言えないし……。


「そっかぁ……私のことわかる人いるんだ」


 涙を拭いながらくすっと笑い、遠くの景色を見て、なんとも苦しい目をする。


「こんなところでどうしたの?」


「…………うーん」


 栞ちゃんは話すのをためらっている様子だった。


 そして少しだけ間が空いて、栞ちゃんは小さく息を吸った。


「私、実は……家柄が、ちょっと良くて」


 笑おうと口角を上げた、でも目は完全に笑っていなかった。


「周りからはね、ずっと“完璧な生徒”だと思われてるの。でも――」


 そこで言葉が止まり、ぎゅっと手を握りしめて、視線を落とした。


「本当の私は、全然そんなじゃないの。人と話すのは苦手だし、勉強だって、好きなわけじゃないの……」


 声が震え、目には涙が溢れそうになっていた。でも声を振り絞って話を続けてくれた。


「それを知られるのが怖くて……学校では、ずっと隠してた。だけど気づいたらね、どこにも“本当の私”でいられる場所がなくなってた」


「そうなんだ……」


 栞ちゃんは体育座りをし、腕に顔をうずめて泣き出してしまう。そして私は手で持っていた袋の中から”あれ”を取り出す。


「はい」


「……なに? これ」


 つんっと肘で栞ちゃんをつついて顔を上げさせ、手に持っているいちご大福を差し出した。


 私が主人公ポジを奪わずに栞ちゃんを救うにはこれしかない。原作ではもっと先に出てくるものだけど、大丈夫でしょ!


 恐る恐る大福を手に取った。その手が震えているのがわかる。


 そして私はもう1つの大福を持つ。


「いただきます」


「……いただきます」


 はむっと二人で同時にかじると、甘酸っぱい香りがふわりと広がった。


 やはり創業80年の味は伊達ではない、流石店長だ。


「……おいしい、よ……」


 声が震え、次の瞬間、栞ちゃんの目に涙が浮かぶ。


 その一言だけで、胸の奥がギュッとなる。原作のファンとしてじゃない。今、目の前で泣いている女の子の体温を、私は確かに感じていた。


「こんなに甘くて、あたたかい味、初めて……」


 そっと頬を伝う涙をぬぐいながら、彼女は微笑む声が聞こえた。嬉しそうで、苦しそうな声だ。


 ここで言葉を掛けたらだめだよね。私はあくまで傍観者ポジションだ。


「いちご大福って、こんな甘くて美味しいんだね……」


「ふふん、あきた屋の裏メニューだからねっ」


 自信満々に答える。隣を見ると、大福を食べながら涙を流していた。


 どうかこの涙が嬉し涙でありますように。



「私ね、人生で甘いものなんてほとんど食べたことなかったんだ」


「そうなんだ」


 大福を食べ終わり、夜空を見上げながら栞ちゃんが話始め、私は軽く相槌を打つ。


「うん。それに実は白百合ヶ丘を退学しようと思ってたの」


「うん」


「…………もうちょっと驚いてほしかったのだけれど……」


「ああ、いや驚いてるよ!?」


 栞ちゃんがじろっと見てきて、慌てて驚くふりをする。すると再び夜空を見上げてにこっと微笑んだ。


「でもちょっと考え直したかも。うずくまってても私って気づく人だっているしね」


「あはは……」


 私に栞ちゃんの視線が突き刺さり、ゆっくりと顔を背けた。


 ごめんなさい原作の力なんです……。


「まぁ、大丈夫。私はなんもできないけど、話を聞くくらいならできるから任せて!」


 ポンっと胸を叩いて栞ちゃんに大きく宣言をする。


 今後主人公と付き合った時に色々聞けちゃうかもしれないし、そうなったら最高すぎる……。


 栞ちゃんはそんな私を見てなぜかくすっと笑ったかと思えば、声を出して笑い始めた。


「な、なに!?」


「いや、ごめ……なんかおかしくって」


 ん? と首を傾げると、栞ちゃんは笑いを落ち着かせて話を続けた。


「もう更紗ちゃんには十分してもらってるよ」


「いやなんもしてないけど」


「じゃあまだそういうことにしとく」


 にこっと笑いかけてくれたが、さらに意味が分からず、脳内が『?』で埋まったとき、切り上げるようにして栞ちゃんが立ち上がった。


「よし、もう大丈夫!」


「あ、そう?」


「うん。私には話を聞いてくれる更紗ちゃんが居るしね」


 満面の笑みを見せつけるように私の方を振り返ってそう言った。栞ちゃんの髪が夜風に吹かれ、さらりと揺れた。


 綺麗……じゃなくて、私じゃなくてすずめちゃんとくっつけないと。


「いや私じゃなくって……」


「あ、門限あるからそろそろ帰るね。連絡先は…………また学校で!」


「あ、ちょ!」


 私が呼び止めようと手を前に出したが、それも虚しく。栞ちゃんはニコニコと手を振りながら走って行ってしまった。


「これ、大丈夫だよね?」


 *


 眠れなかった。


 ふらふらと廊下を歩いて、自分の教室を目指す。寝不足のせいか少しだけクマができていたことが気になる。


 昨日は不安で仕方がなかった、でも私の出した結論はこうだ。


『まぁ、退学しなかったから勝手にすずめちゃんとくっつくでしょう!』


 百合ラブコメ的になんとか補正が入って付き合うはず、だから私はモブとして傍観者に徹していればいい話。


 私はようやく四階に来た。すると、たったっと軽い足取りで階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。そして――。


 突然、ふわりと甘い花の香りが鼻腔をくすぐった。


「更紗ちゃんっ!」


 ――え?


 気がついた時には、私の腕に柔らかくて温かい感触が押し付けられていた。



ーーーーーーーーーー

【あとがき】

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