第3話 烏天狗
沢山の使用人が寝泊まりする部屋の中、ヤナギは一人手鏡を机の上に立て向き合う。
「という訳です。皆さんに伝えるのは後でいいですか」
「なるほど、分かりました。では、菜乃花さんは生きているがどこかに囚われているとだけ、お伝えしておきます」
「不安ですが、よろしくお願いします」
誰もいない空間で、ヤナギが話しているのは手鏡。手鏡に映るのは自身の顔ではなく、長い髪を結った凛々しい女性。
名前は秋月桔梗(あきづきききょう)、ヤナギと同じで門を守る者である。そして秋月家は交流を得意とし、情報伝達、情報交換など同士の中継役を任されている。
「間違ってないかと。そのまま伝えれば春日家というか、桜が乗り込むことは目に見えてますから」
「ですよね。それだけは避けたいというか、最後の最後の手段にしたいです」
「私もそう思います。出来るだけ荒事は避けるのは良いかと……どうされるのですか、魔者が集まる祭りとなれば相当貴方の身も危険だと思うのですけど、家者を向かわせましょうか」
「そうですね。出来るだけ一人で行えれば問題ないんですが、失敗した時の、補填として合図送った時にすぐ来てもらって良いですか」
「わかりました。では、合図は鏡を破壊された時にそちらに向かうことにします」
「はい、それで」
「何か他にもありますか」
「いいえ、こちらの報告は以上です」
「では、現世からご武運をお祈りします」
情報交換は一旦終わり、鏡の写っていた秋月が霧のように消えて自身の顔が映る。
演武の騒ぎの中、魔物の隙をついて救い出すとなれば、色々障害がある。魔者に対して術を使うのも手だが、使った瞬間に人間だと言っているのを避けられない。出来るだけ菜乃花を救う瞬間まで、使いたくない。
このまま、紫乃に期待するのか。駄目だ、まずは自分でどうにかしないと。
でも圧倒的に人手が足りない、けれど、ここには人は呼べない。誰か、魔物で人に味方する者はいないか。
「手を貸してくれる魔物か」
呟いてみたが、誰も返事を返す者はいない。
*
ここで悩んでいても仕方がない、買い物を頼まれていたヤナギは町に出ることにした。
魔王城を出て城下町を過ぎて下町に出たヤナギは、紙切れに書いてある物を探す。
魔界の町並みは現世とそれほど変わらず、大通りに瓦の屋根建物がいくつも並び、その中で行き交う魔の者達は商売をする。
変わっている所は、いつまで経っても明けない夜と人間には理解できない物がたくさん売っていた。
「よっ、そこのお兄さん、この魚の目玉なんかどうだ」
商人に呼び止められヤナギは振り返ると、平たいカゴにたくさんの目玉が乗せられていた。普通の魚の目玉ならまだ驚きはしないが、体もないというのに目はあちこちと動いては、触覚のようなものが下から伸びている。
「いえ、買う物があるので」
「今日は採れたての新鮮だよ。ほら、一口食ってみな」
目玉を一つ手に取って差し出してくる魔者の顔には悪意は一切ない。絶品だと言われようと、ヤナギは手を盾にして断った。
ここに来てだいぶ慣れたけど、やっぱりこう間近で見るとやはり気持ち悪い。
「っ!!」
断っている途中だった。それは突然ヤナギの前を飛んできたと思えば、店の商品が並べてあった棚にぶつかり破壊する。
白い煙舞う店内、商人は「なんだ」と叫び棚の方を駆け寄り、口を開けたままヤナギは呆然と立ち尽くした。
「いっ!なんだってんだ、彼奴」
棚であった木の板の上に乗っかっていたのは大柄の男のような狼。肩から腕まで発達した筋肉と、成人男性を軽く越す身長。早々投げ飛ばされない図体をしているが、尻を擦りながら狼男は痛みに吠える。
「先程の言葉を取り消せ、無礼にも程がある」
そう言って狼男に、鈴がついた槍のような武器を向けるのは、天狗の面をつけた烏天狗であった。
黒い羽を広げ正々堂々とした佇まい。この烏天狗が軽々と狼男を投げ飛ばし、店の棚を破壊したのだと。
「何が無礼だっ!事実を言ったまでだ。俺たちが何を言おうが貴様には関係ないだろ」
狼男も烏天狗の覇気に負けず勢いよく立ち上がる。
「そういう心が邪心だと言っている。演武の場は心身を鍛え高みを目指す場。私利私欲で参加するようなものでない」
「はぁ!? そんなことしらねぇよ。俺は俺が欲しい物を手に入れるだけだ。精神を謳うものには俺は一切興味はない」
二人の会話は交じり合うことはなく、狼男は大きな爪を出し、烏天狗は槍を持ち直す、議論しても無駄であった。
待ってくれ、こんな近くで暴れられたら巻き添いをくらう
ヤナギは逃げるために後ろに足を置く。そして、睨み合う二人が一戦交える寸前のところで、空から串が降ってきた。
「ぎゃっ」
「うおっ」
3本降ってきた串。2本は狼の足元に刺さり、一本は烏天狗の頭に突き刺さった。
下を見ていなかった狼は串に引っかかり華大に転け、天中に刺さった烏天狗はその場で倒れた。
砂埃が舞う静かな大通り。見ていた周りは一体何が起こったのか理解できなかったが、理解できた途端に大笑いの渦となる。
「見たか、串に滑って転げる姿」「なんだい、さっきの威勢は、烏天狗が地面に伏せてるよ」「喧嘩するつもりが……、なんとまぁ不格好すぎるっ」
二人は皆の笑い者となっていた。
転げた狼男は、辱められたと口をモゴモゴとくぐもらせて、苦渋に地面を叩いた。
「そこをどけっ! くそっ覚えてろよ」
すぐに立ち上がっては、人混みをかいて脱兎のごとく逃げていく。
串が刺さったまま烏天狗の方は息はしているが、反応はなく、まだ起き上がる気配がない。
そして時間が経ち、笑っていた見物人は一人また一人といなくなったことで疎になっていき、最終的に残ったのは烏天狗とヤナギと店の商人……と屋根の上から微かに聞こえた鈴の音にヤナギは頭を抱えた。
気絶させなくても、関わらない理由がなくなったじゃないか。
「あの、起きてください。烏天狗さん、こんなところで寝てると風邪引きますよ」
というか魔物って風邪を引くのかと頭を過ぎったがヤナギは、烏天狗に近づき出来るだけ優しく刺さった串を抜く。
「はっ!」
抜いた途端に息を吹き返したように烏天狗は両手をついて起き上がっては左右に頭を振る。
「いったい、私に何が。記憶が突然途切れて……」
状況がまだ理解できず顔を手で覆う。そして、自分の天狗の面に割れていることに気づき、余計に頭を混乱させる。
「天狗のかっ面がっ!何故っ大事な物なのに、私になにがあった。師匠になんと言えば」
「あの、これのせいで倒れました」
ヤナギは持っていた串を烏天狗に見せつける。烏天狗は元凶を受け取り、手を震わせた。
「くっ串! 私は串なんぞに負けたのか。串なんかに地面に伏したのか。こんな屈辱、初めてだ」
悔しくて地面を叩き嘆く烏天狗を見ていたヤナギは居心地を悪く頬を掻いた。
「えーと、色々ごめんなさい」
「何故、君が謝る。見ていたから分かるが投げたのは君ではない。投げたのはこの私を欺いた相当な手練れ、君が謝ることはない」
「いや、その、投げた人の知り合いというか。兄弟弟子というか……あの面は必ず弁償しますので、勝手ですがその子を許してもらっても良いですか」
「なんとっ!君の知り合いかっ、ぜひ私に……」
私に紹介してくれと両手を合わせる前に、一本の斧が烏天狗の体をギリギリに振り下ろされた。鋭い刃の風圧に烏天狗は肩を震わせ、振り下ろした相手見てみると、額に血管を浮き上がらせた怒った商人だった。
「おい、アンタ。よくも店の棚を壊してくれたな。弁償してもらうおうか」
「すっ、すまない。壊したことは謝る。だが、今は持ち合わせない。すまないが、また後日払わせてくれ」
「後日? 分かっているのか。ここはお気楽な天界じゃないんだ。ここは法も秩序もなければ情もない。ここで今払わないというなら、アンタここでバラバラにして棚で売ってやる」
「待ってくれ、本当に今ないだけなんだ。後日、持ってくると烏天狗の名誉に誓おう」
「そんなっ口約束で信じるかっ」
このままでは烏天狗が肉にされて売られてしまう。
商人に追いかけられそうになる烏天狗の間に入って、ヤナギはある物を懐から取り出した。
「あの、私が代わりに弁償しますから、これで許してもらえませんか」
「えっ!」
取り出したのは金色に光る金の粒。指でつまむほどの大きさだったが商人は驚きのあまり斧を地面に落とす。
「いっ、いいのかいお兄さん。こんな物をあんな奴為に渡して」
「ぜひ、受け取ってください。弁償になるか分かりませんが」
「いやいや、弁償代なんて話じゃない。店を丸ごと買える代物だ」
「では、お咎め無しということで」
「もちろんだ」
商人の分厚い手のひらに乗せれば全てが無かった事になり、金の粒を握った商人は足取りを弾ませて店に戻って行く。
「すまない、鬼の君。私ごとで弁償までさせてしまって、大変無礼な事をした」
ヤナギに頭を下げる烏天狗。
「いえいえ、面のこともありますし。良いですよ」
「貴重な物だったのだろう……名前を聞いてもいいかい」
「ヤナギっていいます。あと鬼じゃなくて屍人です」
「ヤナギと……良き名前だ。ではヤナギ、ありがとう」
再び頭を下げる烏天狗は次は深々と礼をして、地鳴りのようにお腹を鳴らす。
「あの、近くにお店があるんですが、お昼ご一緒どうですか」
「……頼んでよいか」
「はい、ぜひご一緒に」
ヤナギは烏天狗と共に食事することに決めたのだった。
【BL】僕だけに優しい鬼 イケのタコ @sikakui
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