第2話

楽しい魔物の宴が終わった次の日。

使用人の部屋から起きてきたヤナギは、まず最初に見たのは魔者達の集まり。

使用人の部屋を出てからすぐ、使用人達が見るための掲示板が壁に設けられているのだが、今日からそこに新たな一枚が追加されていた。

皆が注目する一枚には、魔導演武開催と書かれ、下の方に開催日時と参加する条件、そして優勝賞品。

その優勝者に贈呈されるであろう中の一つに、ヤナギは目がひっくり返りそうになった。

何故なら、現世の少女一名と書かれていたからだ。


ーーー絶対にこの少女は菜乃花だ。まさか捕らえられて、優勝賞品にされるなんて思いもしなかった。まだ、生きてるってことだよな、とりあえず生存報告だけはできるかな


「今年は生者が特別賞品とは、参加しようかな。きっと骨まで美味しいだろうな」

「やめとけ、お前なんか指一本で消滅するぞ」

「今年は賞品目当てで波乱になりそうだな」

「さて、どうしようか」


今年は盛り上がると騒ぐ魔の者達、生者は美味しいだろうかという言葉が何度も飛び交った。


ーーーどうしようか。春日家に娘が供物にされているとそのまま伝えようものなら、本当に魔界と戦争になりかねない。兄の桜(さくら)とか特にしがらみを捨て魔界に乗り込んでくるのは目に見えている


最悪を想定した額には冷えた汗が流れていく。


「あの、この大会はどういうふうなものなんですか


宴で酒壺を渡した一つ目が丁度集まりの中に紛れていたので、ヤナギは肩を叩いてから話しかけた。


「おっ昨日の新人か。そうだな、魔族の腕試しってところだな。毎年、力自慢の魔族が魔界のあちこちから集まってくるから見ものなんだ。これに優勝すれば多大なる名誉が貰えるからな。まぁ、下っ端で雑魚の俺たちには関係ない話だがな」

「へー、演武で勝つことは魔界での強さの証明。確かに魔族なら一度は優勝したいものですね」

「だな。俺たちにとっては夢のまた夢の話だが。まぁ、今年は特に名誉とかに興味ない輩も来るだろうな」

「やはり、欲しいのは現世の人間ですよね」

「このご時世、なかなか人間にお会いできないし、久しぶりに味わいたいやつは何人もいるだろう」 


一度は食べてみたいと一つ目が渇望しながら涎を拭くのを、ヤナギは乾いた笑いしか返せなかった。


「せっかくの一年一度の演武だ。見に行って損はない」


一つ目に背中を押されながら、ヤナギは使用人としての仕事に戻るのだった。

今日の仕事は中庭の掃除、落ち葉を箒で拾い集めていた。


魔者達の腕試し、ろくな者じゃないだろうな。もし現世でやろうものなら、軽く山一つ分消し飛ぶに違いない。

それより問題は、その魔窟の中でどうやって菜乃花を連れ出すかが問題だ。仲間を呼べば絶対に戦闘は避けられない、最悪現世を巻き込んでの戦争になる。

菜乃花を出来るだけ穏便に騒ぎ起こさず、救える確実な方法が一つある。


チリンっ


ーーーまただ。


懐かしい鈴音が耳をくすぐる。


「おい! そこの人間、何をしている」


突然の上から怒鳴るような大きな声。


「箒を持っている人間に言っているだ、止まれ」


怒鳴る声の主は屋根の上に登っているのか、瓦同士がゆれカタカタと音が鳴る。

ヤナギは命令通り、その場を動くことをやめるが、振り返ることはせず、肩を落とし相手に聞こえるくらいに大きなため息を吐く。


「久しぶり、元気にしてたか」


風に揺られ、再び鈴の音が鳴る。


「……もちろん」


背後から話しかけてくる声は、先程とは違い囁くような優しいもの。


「驚かないのは、面白くないな」

「自分の鈴なんだ、分からない訳ないだろ」


後ろに振り返れば、黒い着物を着たどこか怪しい男が立っていた。滑らかな腰には刀が一丁、頭には丸い鈴が付けられ揺れていた。

ヤナギより少し背が高く、顔つきはヤナギより年若く見える。


「鈴ね。次は鳴らさず背後を取らないとな」

「そんなことしなくてもいつでもできるだろ。そもそも、なぜここにいるんだ。魔界にいるとは知ってたけど、ここの兵隊にでもなったのか」

「残念ながら、ここでも無職さ。たまたま、ヤナギが近くにいるって分かったから寄っただけで、別に用ってものはないよ」

「……昨日もいただろ」

「バレたか」

「紫乃、揶揄わない」


そうヤナギが呼ぶ、青い髪留めをつけた彼の名前は紫乃。久しぶりに会うけれど、紫乃をいつだって弟のように慕うほどヤナギとは長い付き合いである。


「音沙汰なかったのに突然会いに来て、もしかして何かあった……」

「へー、これはすごい」


紫乃はおもむろにヤナギの顔を隠していた布を指先で挟み、引っ張り上げた。薄い布で隠していた黒い瞳が隙間から見え、紫乃を睨みつけた。


「簾の中を覗いてみたいでエロいね」

「紫乃、揶揄うのはここまでだ」

「はーい。でも本当にこれ効力すごいね。ヤナギが屍人になって歩いてるのかと思った」

「な訳がない。なったとしてもそうなる前に桜が俺の首を切ってる」

「その時は俺が彼奴を、殺してあげるよ」

「はいはい、それ一枚だけだから丁寧に扱ってよ」


布を掴んでいた指を離す。


「ふーん、量産はできない訳か」

「量産が出来たら、一人でこんな所に来ないよ。話がそれたけど、何か用なのか」

「用事って訳じゃないけど、困った事があると思って。なにせ、桜さんがあれだけ叫んだからね、可哀想だし」

「……もしかして、あの会議を全部聞いていたのか」


線のように目を細めては紫乃は満面の笑みを作る。


「目は別に二つじゃないさ」

「……家の者達に見つかったら追い払うでは、済まなくなるからやめろ。というかずっと近くにいたなら、隠密しなくても俺に話しかければいいだろ」

「それこそ、彼奴らにヤナギが狙われるさ。それより困り事を解消してみない」

「解消って」


ヤナギの困り事、どうやって菜乃花を安全かつ穏便に救えるか。


「まさか、紫乃が演武に出るとか」

「うん、そういうこと。俺が出て妹さんを連れ出してあげる」

「駄目だ、君が傷をつくようなことは駄目だ」


「えー」頬を膨らます紫乃は「お願い」と両手を合わせて懇願したが、そっぽを向いて「駄目だ」ともう一度跳ね除けた。


「ねぇ、俺が適任だって。魔物だし、鬼だし、参加資格も持ってるから、怪しまれないよ」

「紫乃が参加するくらいなら、俺が参加した方が良い」

「…….じゃあ、他に案はある? 演武に参加して、その布付けたまま攻撃かわせる」

「それは……難しいかもだけど、どうにか、これから考える」

「ほらね、時間がないのに何もない。一つの案として考えてよ」


「でも」とまだ文也は後ろに引き下がろうとしたが、紫乃は距離を詰めて


「ねっ、あれの妹を助けたいんでしょ。このまま、俺は別に見殺しにしてもいいけど、ヤナギはどうなの」


感情が読めない青い目に覗かれ、ヤナギは折れた。


「分かった、でもそれは最終手段にする。助けられるなら、参加するのはやめて」

「はい、分かりました」


中庭で話していた二人、すると屋敷の奥からヤナギを呼ぶ声が聞こえてきた。


「おーい、屍人。こっち手伝ってくれないか。手が足りなくて」

「はい、ただいま参ります! 紫乃、誰か来るかもしれないから屋根から逃げて」


行くよう促された紫乃は屋根に軽々と飛び乗った。


「そうそう、忘れてた」


そう言って、紫乃は羽織を一枚脱いではヤナギに投げた。


「まだ結構、人間くさいから着てた方がいいよ」

「嗚呼、ありがとう。紫乃は帰り道には気をつけて」

「はいはい。じゃあ、またね」


屋根の向こうに紫乃は消え、ヤナギは渡された黒い羽織を早速手に通して着る。


「ちょっと、鉄臭いな」


少しだけ文句をつぶやいてから、呼ばれた場所に急ぐ。




 

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