【BL】僕だけに優しい鬼

イケのタコ

第1話 魔界に潜入

それは天も地もない、神と魔が争っていた時代のことです。

長期に渡った戦いは血を血で争い、幾多の悲劇を生んだ。

そして幾千の戦いの中、魔王を打倒し神は勝利を手にした。神は魔の者を暗く底がない地下に追いやった。そして、二度と空に上がって来ないよう地上と地下に門を設けた。

地上に使者を使わし、門を守ることを命じた。この時に天界、人間界、地獄が生まれたのだった。

………読み終えた僕は本を閉じた。

すると、隣で聞いていた弟弟子の紫乃(しの)は目をキラキラさせながら聞いてくる。


「じゃあ、ヤナギ兄さんは地上を守る天の使い魔さまなんだね」

「そういうこと。地上の安全を守るために、暗躍するかっこいい使者なのさ。まだ、見習いだけど。僕にいつでも頼っていいからな」

「わかった。兄さんが虐められそうになったら僕が助けにいくね」

「そうじゃない! 僕が助けるの! 弱い事を揶揄うな」


紫乃は揶揄うように笑いながら、拗ねる僕の首に手を回しては背中に体重をかけてきた。


「ごめんって」




今日、城での集まりは、魔界を治める地獄の魔王が有識者達に感謝するための宴だ。

旗に提灯などで豪華に飾り付けられた部屋。地獄の城主は奥の真ん中に座り、並べられた長い机に集められたのは人ならざる者達。

大きな机には豪勢な食事が次々と使用人達によって運ばれていき、呼ばれた者たちの腹を満たしていく。そして、部屋の隅には常に魔も惑わす酒の壺が並べられていた。


「おいそこの、これ持っていけ」

「はいっ!」


若人で人の形をしたある使用人は部屋の端で休んでいた。それを見兼ねて、人のような一つ目の使用人は酒の壺を渡す。

渡された使用人はあまりの重さに足がぐらついたが壺を割らないように持ち直した。


「ひ弱なやつだな。こんなことでふらついていたら、なんもできないぞ」

「すっすいません、まだここに来て新参者でして、緊張してて」

「なんだヒヨッコの亡者か。慣れないことも多いが、まぁ頑張れよ。この壺は八蛇様の所に持っていけ」


一つ目に持っていけと指示されたのは、六尺ほどある八つの首を持つ大蛇の妖怪。手はないが器用に首を使って、水浴びをするかのように酒の壺を空にしていく。

使用人はその光景にゲッと言いたくなるように口を開けたがすぐに閉じて、笑顔で頷いた。


「分かりましたすぐに行きます」

「よろしく」


壺を割らないように慎重に持っていく使用人は、怪しまれないよう自然に振る舞わなくてはと一枚布に隔てられた悍ましい世界を見る。

この使用人の名はヤナギ。一度地に落ちた亡者でもなければ、一つ目のような妖怪でもない、人間界を生きるただの生者である。

ただの人といえば少し語弊があるが、この世界にいてはいけない者であることは確かだ。


「現世の人間の魂は美味らしい」

「なんだって食べた奴はいるのか。あの門を越えたのか、それはすごい奴だ」

「骨の髄まで食べたが、昨日人間にころっと殺されたんだ。だから、忠告してやったのに馬鹿だよな」

「それは大馬鹿だ。だが、生者の魂は一度食ってみたい、滋養強壮にいいらしい」


喰えるなら食ってみたいと笑い合う魔の者にとって、人間の話は酒の摘み。

人間を喰えたなら立派な魔の者になると信じられているほど、魔の物達から憧れの供物となっている。


ーーー聞きたくないことが聞こえてくる。バレたら、どうなるか、想像したくない。


いっそう、気を引き締めて壺を持つ。

喰うか喰われるか弱肉強食の魔界で、力の無いひ弱な人間だと周知されればヤナギに命はない。


周りにいるのは魔界を勝ち抜いた獰猛な者達。


この危険な地で一人、来ることになった理由があった。

まず、ヤナギは現世の役割は魔を祓う術師であり、現世と魔界を繋ぐ門を守る門番の役目でもある。


ヤナギの家である、冬至家(とうじけ)が代々守ってきた門はいくつもある中の一つであり、他にも冬至家のようなものがいくつもある。

いつものように守っていた門に一つの事件が起きた。冬至家ではない門の結界が一瞬だけ解けてしまった。


原因は単なる、結界に使っている紐を山に狩りに来ていた者が足をつまずかせ切ってしまったらしい。

すぐに修復されたが、開くのを常に狙う魔の者にとっての数秒は門から出るには充分だった。

出てきた魔者は散々暴れ回り、家の者達の手を焼く中、あるうら若き少女を魔界へと連れ去った。

少女の名前は菜乃花(なのか)、同じく門を守る若き術師なのだが、術師の中でも三本の指に入ると言われる由緒正しき春日家(かすがけ)の娘でもある。

さて、魔者に愛娘を攫われた名家はどうなったか。春日家は娘を取り返すために門を開き魔界に攻め込むと言ったのだ。


しかし、魔界に無理矢理立ち入れば魔者と戦争になりかねないと、他の家の者達は必死に春日家を止めた。


「娘を見捨てろというのか」「魔の者と戦争になれば娘の命だけでは済まされん」「自分の子供ならそんな事言えるの」「戦争になれば個々の話ではない」そんな押し問答が一日中続いた。


では、戦争にならず娘を助けるにはどうするか。そんな時に白羽の矢が立ったのは冬至家のヤナギだった。

冬至家は特に門の事柄に携わる事が多く、世代によっては魔界に潜入捜査をしていたらしい。

だから、今回は冬至家のヤナギが魔界の城で使用人として菜乃花の情報を集めつつ捜索する事になった。


まぁ、ここに来るのはどこの家でも良かったのだろうけど。もう入ってしまったから仕方ない。それに場所さえ分かれば、仲間を連れて菜乃花を連れ出すだけだ


やっとの思いで八つの蛇頭近くに酒の壺を置いた。


「うん?」


酒の壺をどんどん空にしていく八つ頭を持つ蛇は、何かを嗅ぎつけたのか鼻を鳴らしては飲んでいた酒の壺を置く。


「お前匂うな、生きている人間の匂いがする」


目を細めた八つ首がヤナギを囲む。

まさか人間がここにいるのかと、隣の者が騒ぎ出したが焦ることはない。


「残念ながら八蛇様、最近入った亡者です。生者の匂いが残っているのはまだここに慣れてないからです。ほら、ここを嗅いでください」


ヤナギは腕を差し出し、蛇に腕を嗅がせると鼻を縮めるように八つ首が遠のいていく。


「うー、これは腐った血と肉の匂い。確かに亡者だ」

「誤解させてすみません。私が慣れるまでこの匂いご愛嬌ください」

「残念だ……生者なら喰ってやろうと思ったのに。仕方ない、酒だ、酒を持って来い、我はとことん今日は呑んでやる」

「はい、すぐに」


「生者じゃないのか」「なんだ勘違いか」落胆した声があちこちから聞こえてきてヤナギは、すぐに追加の酒の壺を取りに行く。


よっ、よかった、袖に腐った肉を仕込んでおいて。どれだけ匂いを誤魔化そうと染みついた匂いは取れないか


逃げるようにその場を去ったヤナギは高鳴る心臓を抑えるため布を掴む。


それにしても案外布一枚でバレないものだ。


目を隠す巻かれた一枚の布は冬至家秘伝の術式が刻まれており、人間を魔の者に魅せる事ができる。


別に魔の者になった訳じゃないから、気をつけないとな


生命線はこのたった一枚布。ご先祖さまによろしくお願いしますと願いを込めながら布を弾くのだった。


チリンっ


ふと、あの鈴の音が聞こえた気がしてヤナギは見渡したが、周りには誰もいなかった。

 

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