第3話 テバナス
翌朝、一応いつもの集合場所でツバキを待っていたが、ツバキは来なかった。
やっぱり、もう終わりなんだ。
あふれ出しそうな後悔を、なんとか心の底に押し込めた。
「なあ、お前ら、なんか喧嘩したの?」
ノギは教室で1人で弁当を食べるボクに話しかけてきた。
「......別に」
「珍しいな。お前らいつもニコニコしてたし。逆に何がそんなに楽しいのかと思って、ちょっと気味悪かったし」
「は?意味わかんないよ」
ノギがいつものように調子づく前に、ボクは席を立った。
ノギに余計なことを言われる前に、思わず廊下に出てきてしまった。
何も考えずに行動したので、突然手持ち無沙汰になってしまった。
「ハア......」
大きなため息で力が抜ける。
「今、ちょっといい?」
「えっ?」
振り向くとツバキが立っていた。
「お前と話したくて」
「......いいけど」
ツバキから話しかけられて嬉しかった半分、何を言われるのだろうと、不安もよぎった。
ボクはツバキに促されるまま、ツバキの後について行った。
「ここ、勝手に入っていいの?」
使わなくなった机や、壊れた椅子が置いてある空き教室。
なんとなく、ここに生徒が入ることは避けられているようで、他の生徒が入っているところを見たことがあるくらいで、自分が入ろうとは思わなかった。
「まあ、大丈夫でしょ。なんか、ホコリ臭いな」
ツバキは教室の窓を開けた。
「そうだね」
外から空気が入ってくると、ホコリ臭さは少しだけ減った。
ボクはツバキをチラッと見た。
何を言われるんだろう。
やっぱり、怒ってるよね。
ボクの心臓の音がツバキまで聴こえるのではないかと思い、それがさらに鼓動を早くした。
「あのさ......」
ツバキが先に口を開いた。
「俺、なんかお前に悪いこと、してたんだよな。ごめん」
「ああ、いや......」
ツバキは悪くない。
悪いのは、いつも感情がゴロゴロ転がって、自分でどうしようもできないボクなのだから。
「俺、あんなこと言ったけど、友達だと思ってるから」
いつもの優しいツバキの顔だ。
「うん、ボクもごめん。ツバキのこと友達だと思ってるよ」
ボクも自然と笑顔を向けた。
「............何だよ、じっと見て。俺の顔になんかついてる?」
たった半日、ツバキの笑顔を見ないだけで、すごく久しぶりに見た気がした。
「あ、いや。前から思ってたんだけど、ツバキってボクの父さんに似てる」
「えっ?そうなの?どこら辺が?」
ツバキは自分の顔を触った。
「顔とかじゃないんだけど、雰囲気とか、笑顔とか」
「へえ、そうなんだ。今度、お前の父さんに会ってみたいな」
ツバキは微笑みながらボクを見た。
ああ、そうか。
顔も性格も似ていない父さんとツバキを、ボクは似ていると思い込んでいた。
ボクは、父さんとツバキにだけは、絶対的な安心を感じる。
2人にだけは、甘えてしまう。
そう腑に落ちた瞬間、今までの自分の行動全てが、リボンがスルリと解けていくように理解できた。
ボクはすごく傲慢だったのかもしれない。
欲しいと願ってばかりで、何も与えていないのだから。
「ツバキ」
「何?」
「話しかけてくれて、ありがとう」
「いや、いいけど」
ツバキはボクから目を逸らして、口を尖らせた。
「なんか、照れてる?」
ボクはツバキの顔を覗き込んだ。
「別に、照れてないよ」
そんなに面白いことがあったわけではないのに、ボクたちはいつもより、楽しそうに笑った。
いつもより、家に帰るまでの足取りが軽い。
鼻から大きく息を吸うと、秋の匂いがした。
「ただいま」
今日は母さんからの『おかえり』はない。
母さんは今日もイライラしながら夕飯を作っている。
それにはまだ、チクッと胸が痛む。
「ただいま」
今日は早く父さんが帰ってきたみたいだ。
「おかえり、父さん」
ボクはいつもより少しだけ声を大きくして、父さんに言った。
父さんは少し驚いた様子だったが、ボクにすぐ、微笑み返した。
ボクは父さんが好きだ。
でも、母さんのことはあまり好きではない。
そう、今はこれでいいんだ。
もしかしたら、これからずっとそうかもしれない。
それでもボクは、今あるこの感情の、そのままでいることにした。
いつものようにホームルームが終わり、ボクはツバキを下駄箱で待つことになった。
「よお」
ノギが下駄箱に来た。
「おお。ノギも今から帰るの?」
「そうだけど。ツバキ、待ってるの?」
「うん、なんか用があるみたいで」
「そっか」
ノギは靴に履き替え、「じゃあ」と言って昇降口を出るところだった。
ノギは、急にくるりと向きを変え、ボクの方に駆け寄ってきた。
「なあ、さっきツバキに言われたんだけどさ」
ノギがいつもより何倍にも声を小さくして話してきた。
「何?ていうか声すごい小さくない?」
「なんか、ツバキが今までに見たことないくらい怖い?感じでさ」
ノギは顔を歪ませて、いつもよりも身振り手振りが大きかった。
変わったやつだ。でも、面白くて笑ってしまった。
「何笑ってるんだよ」
「いや、なんでもないよ。で?ツバキが何?」
「ああ。なんか、お前のこと、あんまりベタベタ触るなって」
「えっ?ツバキが?そんなこと言ってたの?」
「うん。でな、お前は俺の......」
「なあ、早く帰ろうぜ」
ツバキがボクとノギの間に割り込むように、ボクの肩に手を回してきた。
「お待たせ」
「ああ、うん」
ボクはツバキに引っ張られるまま、歩いて行った。
ツバキがーーーー。
そんなはずはない。
でも。
これから知っていく未来がどんなに美しくてと、残酷でも構わない。
今はただ、この感情をそのまま抱いていたい。
ボクは椿を離せない @malumiee
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