第11話 〈共感者〉の嘘

――それは誰かを守るための、最低の選択だった


〈共感者〉は、

嘘が嫌いだった。


正確に言えば、

嘘をつく自分が嫌いだった。


だからこれまで、

黙ることはあっても、

嘘はつかなかった。


この島に来てからも、

それだけは守っていた。


――今日までは。


異変は、

王派の中の“空気”だった。


誰かが、

見張りの配置を間違えた。


誰かが、

物資の管理記録を曖昧にした。


些細なミス。


だが、

〈王〉はそれを見逃さない。

「これは、誰の判断だ」


王の声は、

冷静で、静かだ。


怒っていない。

だからこそ、怖い。


〈共感者〉は、

その場にいた。


ミスをしたのは、

自分じゃない。


だが、

誰がやったかも分かる。


王派の中の、不安層の一人。


あの人は、

昨夜、眠れていなかった。


〈王〉の視線が、

一人ずつをなぞる。


「黙っているのは、

 共犯とみなす」

その言葉が、

〈共感者〉の胸に突き刺さる。


――また、黙るの?

〈演者〉の顔が、

脳裏をよぎる。


〈共感者〉は、

一歩、前に出た。


足が、震える。

「……私が、判断しました」


声が、

思ったより大きく響いた。


一瞬。

時間が、止まった。


〈王〉が、

〈共感者〉を見る。


「そうか」

それだけ。


否定も、

追及もない。


それが、

一番、怖かった。


「理由は?」

問われる。

嘘を、

重ねなければならない。


〈共感者〉は、

心の中で何度も謝った。


――ごめん。

――でも、あなたはまだ、死んでほしくない。


「……全体の負担を減らしたくて」

ありきたりな理由。


王が好む、

合理性の匂い。


〈王〉は、

少しだけ考える。


その間、

〈共感者〉の心臓は、

壊れそうなほど鳴っていた。


「次からは、

 必ず報告しろ」

「……はい」

助かった。


そう思った瞬間、

自己嫌悪が、押し寄せる。


場が解散した後。


嘘をなすりつけられた形の

“不安層”の一人が、

〈共感者〉に近づく。


「……ありがとう」

その言葉で、

〈共感者〉は、

何も言えなくなる。


守ったはずなのに、

心が軽くならない。


夜。


〈共感者〉は、

一人で泣いた。


泣く資格があるのか、

分からないまま。


自分は、

人を助けたのか。


それとも――

王の秩序を補強しただけなのか。


〈観測者〉の記録。

本日、虚偽の自己申告を確認。

対象:〈共感者〉

動機:他者保護

結果:秩序維持に寄与

倫理評価:未確定


〈設計者〉は、

その記録を読んで、

静かに息を吐いた。


――やっぱり。

共感は、

一番扱いやすい。


そして、

一番壊れやすい。


〈王〉は、

その夜、少しだけ安心した。


秩序は、

まだ機能している。


人は、

自ら名乗り出る。


だが、

その安心は、

嘘の上に成り立っている。


それを知っているのは、

三人だけ。


そして――


嘘は、必ず増える。

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