第50話 ゴーレム 其の九 背乗り

 首都大学法医学研究室から大樹に電話があった。大樹が遠藤の遺体からフッ化水素の痕跡を発見した、あの研究室である。

「サヴァンの観察力を分析・理論化・体系化し、検視手順を確立したい。その実現に協力して欲しい」、当日外出のため立ち会えなかった鈴掛准教授の連絡だった。

 大樹は返事を保留し、自宅アパートで康太に相談した。

 康太が、あきる野市の児童養護施設で撮影した十七歳当時の鈴掛、湯口、渕上の写真と、現在の湯口の写真をテーブルに並べた。

 写真を一目見た大樹は、ネットで検索した現在の鈴掛准教授の画像をパソコンに表示して目を閉じた。

 しばし閉じたままなので、由衣が質した。

「何かおかしいとこがあるの?」

「今の鈴掛准教授と昔の写真を比べると、変だなと思って」

「そりゃ、二十七年も経ってるんだから、顔も変わるでしょ」

 康太が真顔で大樹を見据えた。

「大樹君、准教授の要望に応えてくれないか?」

「でも、僕が協力しても、准教授の考えは実現できないと思います」

「まあ、それはそれとして…… 実はな。村田の自殺偽装、遠藤のフッ化水素…… 湯口が考え付くとは思えない。准教授が裏で協力している可能性がある」

 由衣が首を細かく振った。

「大樹に探りを入れろってこと? ダメ! もし、お兄ちゃんの思うとおりだったら危険じゃない!」

「僕、やりたい。だって……」

「大樹の気持は分かるけど……」

 康太は二人の肩に左右の手をそっと添えた。

「大丈夫。大樹君は、我々が命がけで守る」


 翌日、大樹は首都大学法医学教室を訪れた。

 応接テーブルでコーヒーを口にしながら鈴掛准教授と大樹は歓談する。まずは、協力してもらう前に、献体された数々の標本を見学することになった。

 大樹は准教授の後に続いて標本室に入る。棚にはパラフィン包埋ほうまいされた臓器やスライド標本が整然と並び、かすかな防腐液の匂いが空間に沈殿している。ここだけ、時間が止まったかのようである。

 准教授が指先で示した先に透明な保存ケースが並ぶ区画、中に一体の全身骨格標本が立てかけられていた。

 大樹は足を止めて凝視した。丁寧に組まれた骨格。だが、胸の奥に、言葉にならないざらつきが芽生える。

(……埋められていた死体?)

 骨表面には僅かな土色の沈着と乾いた粒子のような細かな凹凸、解剖室で処理された骨にはない痕跡。視線を何度も往復させるほど違和感が増していく。准教授の説明は耳に入らなかった。


「気づいたようだね」

 准教授の姿が大樹の視線を遮った。 

「献体なら、ここまで土の痕跡は残らないはずです。…… 埋められていたんですね」

「さすがだ! サヴァンの観察力は見事! そうだ! 君に見せたいものがある」

 大樹は白骨標本に手を合わせた後、奥へ進む准教授の後に続いた。

 四方に各種薬品や器具が整然と棚に並び、真ん中に大きなステンレステーブルと、その横に蛇口とシンクが設置された一室に入った。テーブルには、パラフィン包埋の肝臓のスライドが置かれていた。

「ここは、標本を作る部屋だ。今、肝臓の標本を作っている。美しいだろ?」

「何ら問題ないように見えます。何の疾患ですか?」

「さあ、何でしょう? 当ててごらん」

「しいて言うと、全身骨格標本と同じくコレクションの様な感じです」 

 准教授は気味の悪い笑みをこぼす。

「君は凄いね」 

 大樹は単刀直入に質した。

「骨格標本は准教授が掘り起こしたんですか?」

 准教授の顔から生気が失われ、能面のようになった。

「君には本当のことを話そう。どうせ君はこれから…… まあいい。あれは二十六年前に殺されて埋められた死体だ。十ニ年前に私が掘り起こした。ただし殺したのは私じゃない」

「諸畑ですね。そして弱みを握った」

「そうだ。散々利用してやった」

「殺人の隠蔽、僕の両親の」

 男はまがまがしい笑みを浮かべた。

「そうだよ。お前も交通事故にみせかけて消そうした。だが、お前の伯母に邪魔された。やらせた男は刑務所で自殺したがな。ワハハハハハ、悔しいか?」

 大樹の顔面は紅潮し、握り締めた拳が震える。それでも爆発寸前の怒りを抑え、畳み掛けた。

「ヤマモト、杉浦、村田、遠藤、全てあなたが湯口にやらせた」

「チッ…… そうだよ」


 男のテンションが徐々に上がる一方、大樹は冷静さを取り戻し、男の顔をまじまじと眺めた。

「肝臓は遠藤警視のですね?」

「クソッ! そうさ! 奴は酒もタバコやらない。キレイなもんだ」

「あなたは顔面整形してますね。骨格標本は十八歳で行方不明になった本当の鈴掛さん、あなたは渕上さんですね」

「うっ! クッソ! バレたか! 奴の戸籍を乗っ取り、奴の顔に似せて整形した」

「なぜ? 嫉妬ですか?」

「そうだとも! 奴と俺は、いつも成績はトップクラス。だが奴は美形で俺は不細工。奴は授業料免除でこの大学の医学部に推薦入学。俺は推薦対象外、面接で毎回落とされる。結局、働きながら夜間大学。…… この差はなんだ! 不細工だからか!?」

「違います。面接であなたの本性が見抜かれたからです。あなたからは人の心が見えません。人を意のままに動く泥人形としか思ってない」

 大樹の言葉に渕上は我に返る。

(確かにこいつの言う通りだ)

 そして居直る。不敵な笑いを浮かべ、大樹の頭からつま先まで舐めるように眺めた。

「実に美しい! 私は、美しい骨格標本の隣に、美しい人体標本を加えたい」

「無理です。どう考えても、あなたは極刑に処されます」

「それはどうかな?」

 渕上は出入口に駆け寄った。部屋を出てドアから半身を出し、醜く歪んだ顔を覗かせた。

「今からこの部屋を封鎖する。私の指示でフッ化水素が充満して君はここで死ぬ。遠藤をやった手口は見抜かれたので改良した。君は一晩行方不明になり、翌早朝、荒川の土手下で発見される。私の新しいゴーレムに手伝わせる。この私が証拠を残すわけはないし、まして君もいない。私は死因究明のため献体を受け入れることにする」

 渕上は、大樹が先ほど署名した献体同意書を懐から出した。

「あなたは終いです」

「えっ!?」


 標本室のドアが勢いよく開き、康太、米田刑事、青山刑事、山県刑事、柿崎刑事他数人の捜査員が一斉になだれ込んだ。

 青山刑事と柿崎刑事が渕上を拘束する。

「話は全て聞かせてもらった。殺人未遂現行犯で逮捕だ」

 米田刑事が告げ、山県刑事が渕上に手錠を掛けた。

 連行されていく渕上を見送った康太が、大樹に声を掛けた。

「お疲れ、よく耐えて引き出してくれた。ありがとう」

 康太が大樹に声を掛け、後から標本室に入って来た由衣が抱きつく。

「辛かったでしょ。よく我慢したわね」

「いや、痒かった」

 大樹はズボンに手を突っ込み、盗聴器を取り出して青山刑事に手渡した。

「また、パンツの中に入れてたんでしょ」

 由衣は大樹の額を小突く、その拍子に大樹は床に目を向けた。

「落ちてる」

「こんなもの!」

 献体同意書を由衣が拾って破り捨てようとすると、康太が慌てて止めた。

「証拠品だ!」

「そうでした」

 ペロリと舌を出した由衣は、またズボンに手を突っ込む大樹を目にした。

「どこ搔いてんのよっ!」

「僕のオチンチン、金属アレルギーかも知れない」

 一同がのけ反り、柿崎刑事がニヤついた顔を由衣に向けた。

「高見沢さん、歯の治療に金属使っていたら気をつけてくださいね」

 由衣は柿崎刑事を睨み付ける。

「お兄ちゃん、この人クビにして」

「なんで怒るの? …… イテテテテ」

 不思議そうに首を傾げる大樹の頬を、由衣は無言でつねった。


 逮捕ざれたのは、鈴掛明弥に背乗はいのりした渕上洋介・四十四歳と、研究員の高田信也たかだしんや・三十歳だった。

 今日は日曜日で、教職員や学生はほとんどいない。標本室の近くで不審な行動をする高田を、淵上と大樹が標本室に入室した直後に確保していた。

 医学部ではなく生化学科博士課程を終えた高田は、就職先が決まらずアルバイトで生計を立てていた。「助教にしてやる」と渕上に言われてゴーレムになる。

 高田はフッ化水素を充填した遠隔噴射装置をステンレステーブルの下に設置した。渕上の指示で作動させ、その後遺体の運搬を担う予定だった。

 

 標本室で録音された言質を取られ、渕上は、追及を逃れる術はなく自供した。

 渕上が鈴掛氏に背乗りし、諸畑をゴーレムにした経緯は以下である。

 渕上と鈴掛が、十八歳目前で養護施設の退所が迫っていた頃、強盗傷害事件の容疑者・湯口の捜索のため、当時警部だった諸畑が施設を訪問して二人と接触した。

 湯口の逮捕後、諸畑は両親が旅行で留守中、施設を退所して間もない二人を、捜査協力の謝礼と実家に招いた。渕上は鈴掛を残し、諸畑から金を貰ってひっそり出て行く。

 渕上が戻ったとき、鈴掛は絞殺され、傍らに諸畑が呆然と座り込んでいた。

 諸畑は鈴掛に野卑な目を向けていた。諸畑に迫られて鈴掛は必ず暴言を吐く。自分も鈴掛を誘ったとき、暴言を吐かれた。騒ぎになった所で仲裁し、口止め料をせしめる。

 以上ような展開を予想した渕上だが、実際はまたとないチャンスが巡って来た。

 諸畑と渕上は、協力して裏の雑木林に鈴掛の死体を埋めた。

 諸畑から大金を受け取った渕上は、自宅アパートを片づけ、鈴掛に似せて整形し、鈴掛の自宅アパートに移り住む。通帳、印鑑、保険証、衣服等一切手に入れ、推薦入学が決まっていた首都大学医学部に入学した。

 都合の良いことに鈴掛と渕上は背格好がほぼ一緒。さらに施設に入所したときから持っていたゴーレムのヌイグルミに、部屋で拾った鈴掛の体毛を埋め込んだ。「渕上君の大事なものです。帰って来たら渡してください」と言って養護施設の職員に預けた。

 二十六年の歳月が流れ、十八年の短い生涯を終えた鈴掛明弥は、ようやく両親とともに眠りにつく。

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