第46話 ゴーレム 其の五 フキノトウ

 翌週、康太は由衣と大樹を車に乗せ、康史から聞いたつくば市内の交番に向かった。春休みで、外出もままならず、暇を持て余す由衣にとって渡りに船だ。

「お兄ちゃん、警察庁に行かなくていいの?」

 後部座席から由衣が康太に問い掛ける。

「今日は表向き休暇だ」

「表向きってことは裏があるんだ。それは何?」

「お前は、知らんでいい」

 交番に着き、康太は民間人を装って香山家までの道を聞いた。車で五分ほどの距離だった。

「大樹、起きて!」

 由衣は、隣で眠りこける大樹の肩を揺すった。


 警戒されるのを恐れ、由衣が呼び鈴を押し、出て来た女性に来訪の理由を説明した。香山家には、夫人と認知症を患う母親の二人だけ。夫と子ども達は仕事で外出中とのこと。夫人は、母親が犯人を見た可能性があるとのことで、遺族の大樹、付き添いの康太と由衣を快く招き入れ、手土産を受け取った。


 大樹が、持って来たパソコンで、次々と肌の色を変えたイラストを見せると、お婆さんは、浅黒い肌の男性で目を留めた。

「この人」

「えっ! ラテン系?」

 由衣が思わず声を上げると、大樹が首を振った。

「いや、顔の造作は日本人、日系ブラジル人かも知れません」

 康太はお婆さんに穏やかに問いかけた。

「この人を見た場所、覚えていますか?」

「はい、フキノトウがたくさん生えているところ」

「見たのはいつ頃ですか?」

「えーと…… 桜が咲き始めたころ…… あっ! 孫の誕生日」

「息子の誕生日は三月三十日です」

 香山夫人が言い添えると、お婆さんは、「こっちおいで」と言って、由衣と大樹を隣の和室に連れて行った。

 康太は香山夫人に顔を向けた。

「何年前か、覚えてらっしゃいますか?」

「確か…… そうそう! 息子が中学に入学した年、えび天作るって言ったら、母はフキノトウ採って来るって出かけたんです。息子は、もうすぐ二十八ですから十六年前」

「事件当日…… なぜ、ここに……」

 康太はしばし考え込んだ。

「あっ! 済みません。それで、お母さんの認知症はいつごろからですか?」

「母は八十五です。十年くらい前から物忘れがひどくなって」

「でも、お元気そうです」

「はい、目も耳も足もしっかりしてます」

「お婆ちゃん、これでどう?」

 と由衣の声が聞こえ、隣の部屋を覗いた康太は吹き出した。

「ブハハハ…… しっ、失礼」

 スマホを大樹はしゃく、由衣は扇子になぞらえ、二人は、すまし顔で床の間の前に正坐している。ひざ元には茶菓子が供えられ、お婆さんが拝んでいた。

 振り向いた香山夫人は顔を赤くする。

「お母さん、何やってんの! …… すいません。娘が成人してから雛飾りしなくなったもんで」

 

 康太は夫人の了承を得て、お婆さんの案内で”フキノトウの場所”へ向かうことにした。車はお婆さんの指示通りに二十分ほど走る。助手席のお婆さんが突然「ここ」と呟いた。

 カーナビを見れば、香山家から歩いて八分ほどの場所だった。

「はあー、ここって母が去年、若いカップルに保護されたところです。フキノトウなんて生えていません」

 香山夫人がため息を洩らすと、由衣が笑みを浮かべた。

「そのカップルってあたしの下の兄と彼女です」

「えっ! そうだったんですか。その節はどうも。ご迷惑かけまして」

 大樹が目をこすりながら起き上がる。

 由衣からいきさつを聞いた大樹は、車を降りて周囲を見渡した。

「右に柵と小川、正面の林の向こうに筑波山、左に桜並木」

 大樹は康太と入れ替わりに運転席に座り、カーナビを操作した。地図上に似た地形の地点を示すマークと風景写真が現れる。

「多分、ここです」

 助手席から覗いた康太は嬉々とした声を上げた。

「よし! そこへ行くぞ」


 現地に着くと、お婆さんは真っ先に車を降り、小川の柵の手前に腰を下ろした。

「あった!」

 嬉しそうに差し出した手の中には、フキノトウがあった。 

「お婆さん、男はどの辺にいました?」

 康太が背後から声を掛けると、柵の向こう側、生い茂る下草の隙間を指差した。

「あそこ」

 そこは、小川の対岸、雑木林の手前の小高い場所だった。

「他に誰かいましたか?」

「後ろに男が二人、顔は見えなかったけど」

「その後どうしました?」

「いっぱい採れたのでバス停に行ったの」

「他に何か気付きましたか? 音とか」

 お婆さんは首を捻るばかり。大樹も首を傾げている。

 由衣が大樹の顔を覗き込んだ。

「大樹、何か気付いた?」


 康太と由衣と大樹は、フキノトウを捜し続けるお婆さんと香山夫人をその場に残し、近くの橋を渡って対岸に向かった。

 辺りを歩き回る大樹がふと足を止めた。

「この辺、草の揺れ方が他と違って、地面が僅かに沈んでいます」

 康太の目が鋭く光る。

「死体が埋まっているかも知れないのか?」

「はい」

「キャッ!」

 由衣が思わず飛び退き、康太はすくさま携帯を取り出した。


 その週末の三月四日は大樹の誕生日、高見沢家で誕生祝が開かれた。何かにつけて酒を飲みたい宗一、康太、康史にとってこれ以上ない口実である。康史の彼女、舞花も呼ばれた。

 由衣の誕生日で懲りた康史は、飲み明かしても支障が無いよう、舞花を一晩泊めてもらうよう眞美に頼み込んでいた。

 料理がほぼ片付いた後も、宗一、康太、康史は酒を酌み交わす。美代子、眞美、舞花は引っ掻かれないよう交替で寛太を抱いて世間話に花を咲かせる。

 宗一がグラスを置き、大樹に顔を向けながらぼやく。

「はあ、あと一年もあるのか」

 由衣が、ご機嫌の様子の三人を睨みつけた。

「大樹は、あんたらの仲間にはさせないから」

 大樹は口を尖らせる。

「僕も由衣と同じ十九歳、自分のことは自分で決める」

「天然小僧が生意気言うな!」

「せめて天然青年と言え!」

「青年! どこが?」

 由衣と大樹は間違えた振りをしてワインに口にしていた。二人とも酒には強いようだが、言葉遣いに明確な変化が表われてしまう。

「ウプッ」

 酒を吹き出しそうになった康太が割って入る。・ 

「お前ら、また漫才始めやがって! ワイン飲んだろ? 生活安全課に指導させるぞ」

 由衣はターゲットを切り替えた。

「どの口が言っとるんじゃ! オメー、高校生の頃から飲んでたろ? 警察官のくせして」

「うるせえ! 証拠はねえ」

 そのとき、康太の携帯が鳴った。画面を見た途端、康太の顔が引き締まる。

「そうか…… じゃあ」

「なにかあった?」

 康太は答えず、恐る恐るワイングラスを口に運ぶ大樹を眺めた。

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