第45話 ゴーレム 其の四 お婆ちゃん

 発見された盗難車は、排気口からホースが助手席の窓に伸び、隙間はガムテープで塞がれていた。運転席の男はシートを目一杯倒して横たわり、手元には睡眠薬の包装シート。燃料計は空を示していた。車内は荒らされた形跡もなく、財布や身分証も残されていた。

 免許証から男の身元が判明した。村田陽介むらたようすけ・四十歳・横浜市旭区在住・税理士だった。抵抗の形跡はなく、包装シートからは村田自身の指紋が検出された。服薬により昏睡した状態で排ガスにさらされ、死亡したとみられた。

 司法解剖の結果、血中一酸化炭素濃度は致死域に達しており、死因は一酸化炭素中毒。胃内容物から睡眠薬成分が検出された。

 神奈川県警は自殺と断定し、現場写真や司法解剖の結果等を、埼玉県警に送付した。


 埼玉県警の杉浦翔太殺害事件捜査本部は村田の周辺を洗い出した。

 自宅からは消費者金融の督促状が見付かり、友人や家族も「競輪や競馬に、はまっていた」「金に困っていた」「最近は塞ぎ込んでいた」「仕事が減っていたようだ」と証言した。

 盗難車から、杉浦の死体が着用していた靴下の繊維片と、ダイヤカバーから殺害現場付近の土壌と同一の成分が採取され、村田による杉浦殺害がほぼ確定した。

 盗難車は高級車に分類される車種であり、売却益を巡るトラブル説も出たが、裏付けはなく、二人の接点も不明。村田は、借金苦と警察の捜査が自分に迫った為の自殺とされ、埼玉県警は動機不明のまま、被疑者死亡で書類送検した。


 土曜日、大樹の自宅アパートに、由衣と大樹、康太、米田刑事、青山刑事が顔を揃えた。

 康太、米田刑事、青山刑事は村田の自殺に疑問を抱いていた。康太が行動分析課から交通指導課に移動し、大ぴらに捜査会議を開けない。康太は止む無く、この場が設けたのだ。

「まったく、こんな狭い所に集まってー! ここは会議室じゃないから!」

 由衣が口を尖らせると、米田刑事が頭を掻いた。

「まあまあ、事件が解決すれば、謝礼が出るから」

「解決するって信じているけど、いつになるか分かんないし。今、ちょうだい」

 由衣は、康太に向けて手の平を出した。

「これは、お前じゃなくて大樹君に」

 康太が苦笑しながら万札を出すと、由衣はサッと取り、大樹に笑顔を向けた。

「大樹の家計は先々月からあたしが管理しているの。乾燥洗濯機買えたし。ねえ大樹」

 財布の紐を握られてしまっても気にもせず、大樹はウトウトしていた。

「班長、先が思いやられますね」

 苦笑いする青山刑事の言葉に、米田刑事はため息を吐いた。

「はあぁぁ、まったくだなー」

 由衣が米田刑事に、ニッと意地悪そうな笑みを見せた。

「米田さん、いつもピーピーしてますよね。奥さんにお小遣い絞られてるでしょ? 少しでも余裕があると、はしご酒とかするから自業自得ね。駅前でお仲間と肩組んでフラフラと歩いてるの見たことあるんだから」

「エヘンエヘン…… じじ、時間が惜しい。高見沢警部、本題に」

 図星を突かれた米田刑事は咳払いで誤魔化し、話題を変えた。

「大樹、起きて!」

 由衣は大樹の肩を揺すった。


 モニターに次々と映し出される現場写真を見て大樹は首を傾げる。

「窓の曇り方、運転席側の方が薄いです」

「それがどうしたんだい?」

 米田刑事は口を尖らせるが、康太の目は鋭く光った。

「遺体の発見前に運転席のドアが開けられた?」

「はい。あと、オービスの映像には、運転席に携帯容器があったけど、これらの写真にはありません」

 康太が深く数度頷く。

「睡眠薬を混入した容器が村田に渡された。村田が停車して眠ったところで、排ガスで村田を殺害。容器は回収され、睡眠薬の包装シートが運転席に置かれた。これが真相か!」

「班長、神奈川県警から車を引き取って徹底的に調べましょう」

 青山刑事の進言に、米田刑事は大きく頷いた。

「よし、自殺と断定した奴らに一泡吹かせてやる」

「だいたい、あの管理官、早く決着させたいのが見え見えでした。福光さんが、村田を幼稚園児のときに見た件と、電車での目撃を無視していたし」

 康太は苦笑する。

「遠藤警視…… 目端が利くカバン持ち」

「村田の借金は返済不能な額じゃない。警察の動きが漏れ、口封じされたんです。やはり内通者……」

 青山刑事が言いかけた刹那、米田刑事が額を小突いた。

「それ以上口にするな!」

 康太はニヤリと笑みを浮かべる。

「その件は手を打ってある。心配せずに捜査に専念して欲しい」


 米田刑事と青山刑事がアパートを後にすると、康太は高見沢家に向かい、由衣と大樹は、美代子に頼まれた買い物を済ませて高見沢家に入った。

「オー! 待ちわびていたんだぞ」

 リビングのドアを開けるや、宗一が声を上げ、大樹から缶ビールパックと一升瓶を受け取った。

 宗一と康太と康史は酒が回ってご機嫌の様子。美代子と眞美と、寛太を抱いた若い女性が、ソファーに座って談笑している。

 女性は立ち上がり、凛とした表情で一礼した。康史の彼女、芹沢舞花せりざわまいかである。

「初めまして芹沢舞花です。よろしくお願いします。由衣さんと大樹君ですよね?」

 ポカンと口を開けて突っ立つ大樹の背中を押し、由衣は一緒に頭を下げた。

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 二人の様子を目にしてクスッと洩らす舞花の笑顔が何とも可愛らしい。舞花は二十四歳、康史の一つ下、公立小学校の教師、つくば市で家族と一緒に暮らしている。


 康史が経産省つくば研究センターに配属後、昨年の六月、偶然の出会いから交際が始まった。

 仕事帰り、道端に座り込むお婆さんを目にした康史は、「大丈夫ですか?」と声を掛けた。お婆さんは、「ないない」と呟いており、康史は財布か何かを落としたと思って一緒に探す。

 そこへ舞花が通りかかった。舞花が「お婆ちゃん、何を落としたの?」と聞いたら「フキノトウ」と答えた。季節外れの返答に舞花はすぐに認知症と気づき、康史と共に交番へ連れて行った。警察官が家族に連絡して無事保護された。

 安堵した二人は顔を見合わせる。

「最初に何を探しているか聞くべきでしたね」

「いや、そうしたら一緒にフキノトウ探していた」

「キャハハハ」

 康史の返答に舞花は大笑いし、互いに自己紹介をして連絡先を交換した。


 宴会が一応お開きなって二十二時を過ぎても、宗一、康太、康史は、酒を酌み交わし、一向に切り上げる気配がない。眞美は仕方なく、舞花を自宅マンションに連れて行き、一晩泊まってもらった。

 翌朝も康太は実家から帰って来ない。電話で美代子に聞くと、康太と康史はリビングのソファーにひっくり返っているとのこと。眞美は、由衣と大樹を招き、朝食を用意した。

 食後のコーヒーを四人が味わっていると玄関から物音して、「ただいまー」と康太の声、「舞花、ごめーん」と康史の声が響いた。

 眞美は腕を組んで呟く。

「まったく、大酒のみ共!」

「朝飯いらねーよ」

「僕も」

 と言いながらLDKに入って来た康太と康史を、眞美は睨み付けた。

「元から用意してないから! 舞花さんを車で送らなきゃいけないのに、あんなに飲ませて。康史さんも、しぶしぶ従う振りして」

「いや、あれはオヤジがね……」

「言い訳無用!」

 眞美が一喝し、由衣が引き継ぐ。

「不届きもの! 成敗してくれる。そこになおれ!」

「はい、これ」

 大樹が新聞紙を丸めて由衣に手渡すと、康史は座り込んで手を合わせた。

「どうかお慈悲を」

「見苦しい! 覚悟召されよ」

 由衣が康史の脳天めがけて丸めた新聞紙を振り下ろし、ポンと浮かれた音が響いた。

「ウプッ」堪らず眞美は吹き出し、

「キャハハハハ」舞花は笑い転げる。

「楽しいご家族ですね」

 舞花の言葉に、眞美は小さくため息をつく。

「はあ、そのうち慣れるわよ」

「楽しみです」


 ちょっとした朝の騒ぎが収まり、改めて皆が席に着いた。

 コーヒーを一口含んだあと、舞花が姿勢を正した。

「ところで話さなければならないことがあります」

 康史が不安げな顔を見せる。

「なに?」

「大樹君が描いた似顔絵ですけど、認知症の方がジーっと見ていました」

 康太の顔が引き締まった。

「どこのどなたですか?」

「市内の香山っていうお婆ちゃんです。去年、康史さんと一緒に交番に連れて行ったことがあります。昨夜、また徘徊していたので、交番に連れて行ったら、ポスターをしばらく見ていました。そして(違う。顔が黒くない)って呟いたんです」

 大樹が遠慮がちに口を開いた。

「あのー、僕か描いたのは線画だから」

「そうか! 色を付けて、もう一度見てもらおう」

 康太は喜色満面である。

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