第44話 ゴーレム 其の三 オービス

 大樹の自宅アパート、パソコンでイラストに没頭する大樹に、スマホの少女マンガに飽きた由衣が背後から肩を揉んだ。

「ねえ、何かして欲しいことない?」

「……特にないけど」

 由衣は胸を大樹の肩に押し付ける。

「これは?」

「えっ、ええ、遠慮します」

 眞美の苦言が頭に残っているかどうか不明だが、由衣はいつもの調子で、おちょくりか本気か判断できない振る舞いをする。

「いい加減、本性出しやがれ! 天然小僧」

 由衣が大樹の座る椅子を回転させ、キスしようとしたところで、呼び鈴が鳴った。

「米田さん達が来ました」

 立ち上がって玄関に向かった大樹が、米田刑事と青山刑事を迎え入れると、由衣がぼやいた。

「邪魔しやがって」


 二人は部屋には上がらず、米田刑事が訪問した理由を告げた。

「えっ! お兄ちゃん、なんで移動するの?」

 聞き終えた由衣は声を裏返し、青山刑事はうなだれた。

「はい、我々も事情は分かりません」

 米田刑事は深いため息を吐いた。

「はあぁぁ…… 交通局交通指導課…… まったく場違いじゃねえか」

「これって、やっぱり内通者の件……」

 米田刑事が青山刑事の肩を小突いた。

「それは口にするな! お前も飛ばされるぞ」

「はい…… あと、これからは外出するとき、必ず我々に連絡入れてください。これを身に着けて」

 青山刑事が二人にそれぞれGPS発信器を手渡した。


 三日後の二月十二日は由衣の誕生日。高見沢家に大樹も招かれ、家族全員が顔を揃えた。

 宴会もたけなわ、宗一・康太・康史は酒を酌み交わしながら与太話を飛ばす。アルコールの回った美代子と眞美は寛太を取り合って引っかかれる。由衣と大樹は誤ってワインを口にしてしまい、たわいもない論戦を始める。リビングは蜂の巣をつついたような騒ぎだ。

「おい! 今日から年上だ。敬意を払え」

 前に立って胸を張る由衣に、大樹は口を尖らせる。大樹の誕生日は三月四日だ。

「たかが二十日の違いで、その必要はない」

「あたしが先に生まれたのは事実じゃ」

「人として生物学的な差はない! 二十日ネズミじゃあるまいし」

「天然小僧が生意気言うな!」

「天然小僧はやめろ」

「じゃあ、天然ガキンチョ」

「もっと酷い」

「ウプッ! お前ら、いい加減漫才止めろ!」

 酒を吹き出しかけた康太に絡まれ、由衣はターゲットを変えた。

「ところで、新しい職場はどう?」

「それなりにやっている」

「ふーん…… ほんとは落ち込んでいるくせに」

「ほっとけ!」

 束の間、真顔になった康太は、大樹にUSBメモリを渡した。

「大樹君、あとで見てくれ」


 翌日、大樹の自宅アパート、パソコンを操作する大樹の背後から由衣が覗き込む。

「車の写真ばっかり」

「電車で見た男がいます」

 大樹は康太にメールを送った。

(電車で見たサングラスの男を発見。ナンバーは大宮……)

「お兄ちゃん、大樹に何やらせてるのよ!」

 康太は殺害された杉浦が、福光夫妻殺害事件の犯人と何らかの関わりがあると見ていた。

 米田刑事の報告によると、杉浦の死亡推定時刻頃、現場近くでSUVが目撃されている。ナンバーは不明、色も暗くて判別不能だった。

 康太は交通指導課の立場を利用し、首都圏各県警の交通課に依頼してオービスのデータを取り寄せた。十五キロオーバーから撮影される記録は膨大で、運転者の判別は普通の人間では難しい。そこで大樹に依頼した。

 大樹は、”公開された犯人”、”下顎にホクロのあるサングラスの男”、”杉浦”、”杉浦と接触時に見た男”の四人を探した。結果、国道十七号のさいたま市浦和区で、杉浦の死亡推定時刻頃、SUVを運転する”サングラスの男”を見つけた。ホクロは映ってなかったが、サングラス越しの目の間隔と形状から特定した。

 車は大宮ナンバーの盗難車と判明し、康太は米田刑事に知らせた。

 米田刑事らは、盗難車の駐車場付近の防犯カメラに、杉浦の死亡推定時刻から十二時間程前、”盗難車を運転する杉浦”を発見した。


 由衣と大樹は米田刑事、青山刑事に伴われ大宮警察署へ行き、神奈川県警の前田刑事と白木刑事が待つ一室に入った。

 スクリーンに、防犯カメラに映る”盗難車を運転する杉浦”と、オービスで撮影された”盗難車を運転するサングラスの男”が映し出された。

 この男は、杉浦の死亡推定時刻頃、盗難車で事件現場近くを走行していた。この男が杉浦を殺害した。これが、埼玉県警と神奈川県警の共通の認識である。


 冒頭で米田刑事が口を開いた。

「この男が杉浦を殺害したのは間違いない。ただ我々は、福光さんご両親の事件とも関わりがあると見ている」

 対して前田刑事はゆっくりと首を振った。

「まずは、この男の逮捕に向け、埼玉県警さんに全面協力する。その後、福光夫妻殺害事件の関わりをこちらが取り調べる。これが我々の方針です」

 白木刑事が頷いたところで、青山刑事が、パソコンを操作した。

 大樹が描いた電車で見た”下顎にホクロのあるサングラスの男”、”大樹が杉浦と接触時に見た男”、”公開された犯人”の三枚のイラストが、スクリーンに映し出された。

「二番目のイラストは、尾行していた男に似ていると飯塚さんは明言しました。関連性は明らかです。福光さんが犯人を思い出し、三番目のイラストを描いた後、十六年前の事件が動き出したんです。ここは合同捜査本部を立ち上げるべきです」

「杉浦さんか…… 捜査方針に逆らって最後は一人でやっていたな。定年前に一花咲かせたかったのだろうが。そんな不確かな情報だけでは賛同できん」

 由衣が隣に座る大樹を一瞥し、前田刑事に顔を向けた。

「彼が、その能力で、どれでけの事件を解決に導いたか、ご存じですよね? 今回も彼が、最初のイラストの男を見つけました。不確かな情報とは何ですか!」

「捜査方針に逆らった飯塚さんが正しかった。それを恐れているのですかな?」

 米田刑事の追い打ちに前田刑事は絶句する。直後に携帯が鳴って安堵の表情に変えた。

「前田だ…… なんだって! …… そうか……」

 前田刑事が携帯を切り、細かく震える手でスクリーンを指した。

「盗難車が足柄山で発見され、車内に死体があった。下あごに毛の生えたホクロが確認された。おそらくこの男だ」

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