第43話 ゴーレム 其の二 退職刑事
三日後、米田刑事と青山刑事が待つ大宮警察署の一室に、康太に付き添われて由衣と大樹が入った、
「またまたお世話になります。やはり、お二人と我々は深い縁がありますなー」
相変らずの米田刑事の言葉に、由衣は顔をしかめる。
「米田さん、何度言ったら分かるんですか! あたし達はあなた方のお仲間じゃないです。今日は容疑者として呼ばれたんでしょ?」
青山刑事が慌てて首を振った。
「そ、そんなわけありません! 容疑者なんてとんでもない」
康太が苦笑した。
「一応言っておくが、こいつらアリバイがある。脱走したネコを追いかけ回して大騒ぎする声を近所中の人が聞いているし、コンビニにも行っている」
「高見沢警部、杉浦と関わりがあった人物から、お二人は真っ先に外しました。疑う者なんか誰一人いません」
「なんだ、つまんなーい。あたし達、試験が終わって暇だし、外出も自由にできないし」
不満げな顔を見せる由衣と大樹に、康太は𠮟りつけた。
「バカたれ! 俺達はお前らと遊んでいる暇はねーんだ」
青山刑事が改めて由衣と大樹を見据えた。
「本題に入りましょう。杉浦の死因は溺死ですが、誤って川に落ちたか、故意に転落させられたか不明です。仮に殺害されたとして杉浦と周辺を洗いましたが、容疑者は浮かんでいません。で、杉浦にストーカーされていたとき、気になる人物を見たとか、杉浦に変わった様子があったとか、何かないですか?」
「うーん……」
由衣は首を捻るが、大樹は口を開いた。
「遠くから、杉浦さんと僕達を見ていた男がいました。警察官が来て立ち去りました。その前々日にも一度、目にしています」
青山刑事に画用紙と鉛筆を渡された大樹は、スラスラと光景を書き上げた。
米田刑事と青山刑事が覗き込む。
「フードとマスクで顔はわからんが、四十代かな?」
「中肉中背、身長は百七十ぐらい?」
イラスト注意深く眺めていた康太が、フイと顔を上げた。
「大樹君のご両親は、ある画期的な薬品を開発していた。何者かに研究成果の横流しを求められて拒否した。これが事件の背景だと主張する退職した捜査員がいたそうだ。この男と杉浦が現れたのは似顔絵の公開前…… 俺の取り越し苦労なら良いのだが」
青山刑事の唇が震えた。
「そそ、それって警察組織の中に内通者が、いっ、いるかも知れないってことですか?」
「一課長に一応伝えとくか」
米田刑事の言葉に康太が頷いた。
「ともかく退職した刑事に会って話を聞こう」
由衣が身を乗り出す。
「あたし達も一緒に!」
「ダメだ」
康太が即座に首を振ると、由衣はニヤリと笑みをこぼした。
「その元刑事ボケてるかもよ。でも、成長した大樹を見たら当時のことを思い出すんじゃない?」
翌日、康太、青山刑事、由衣と大樹は、神奈川県相模原市にある元刑事、
大樹を一目見た飯塚氏は、「大樹君か?」と一声上げ、大樹が「はい」と答えると、「済まない」と洩らして畳にひれ伏した。
「どうかお手を上げてください」
康太の言葉で、やっと身体を起こした飯塚氏は大樹の手を取って涙をこぼした。
妻の由紀子が目頭を抑える。
「夫は、ボケが進んでいたんです。今、元に戻ったようです」
康太が、大樹が当時の記憶を取り戻し、犯人の似顔絵が公開されたこと等を話すと、飯塚氏はすぐに意図を察した。
以下、飯塚氏の話をまとめた当時の状況である。
当時、福光夫妻の周辺から怨恨の線は見付からず、捜査本部は、現場の状況から居直り強盗の可能性が高いとして捜査を進めていた。
飯塚氏は、現場に金品を物色した痕跡がないことから疑問を持ち、若い刑事と組んで、福光氏の周辺を独自に洗っていた。そして一つの重大な情報を得た。
それは、福光氏が帰宅時、横浜駅の近くの喫茶店で、サングラスをした大柄な男と会っていた。男がテーブルに紙袋を置くと、福光氏は「二度と僕の前に現れるな」と吐き捨てて席を立った、という従業員の証言である。
その後、飯塚氏は 会社の同僚から、福光氏が新薬の開発に関連し、ある画期的な研究を進めていたとの話を聞いた。
飯塚氏は、福光氏が研究成果の提供を求められ、拒否したことが事件の背景だと、捜査会議で主張した。
だが、裏付け捜査では、福光氏の上司は、「まだ成果は出てない」と否定。喫茶店の従業員も、再聴取では「本当に福光氏だったかどうか断言できない」と後退。防犯カメラにも該当の映像はなく、結局、捜査方針は変わらなかった。
その後も飯塚氏は諦めず、一人で、唯一の目撃者である大樹の保護を兼ねて聞き込みを続けた。退職後も夜間警備員をしながら個人的に調べていた。
大樹の描いた三枚のイラストを見せると、飯塚氏は、犯人と、大樹が電車で見た男には首を捻ったが、杉浦との場面を遠方から見ていた男に目を留めた。
「幼稚園から帰宅する大樹君と大樹君の伯母を眺めていた男と背格好が似ている。男を尾行していたら、突然、めまいがして倒れた。気が付いたら病院のベッドに寝ていた」
このとき飯塚氏は六十三歳、脳卒中を発症していた。リハビリで日常生活を取り戻せたが、左半身に麻痺が残り、断腸の思いで調査継続を断念したのである。
四人は飯塚家を辞し、車を運転する青山刑事が、助手席の康太に話し掛けた。
「飯塚さん、あと一歩だったかも知れないのに残念です。彼が尾行した人物は、大樹君が見た中肉中背の男と同一でしょうね」
「ああ、おそらくな。それと、当時の捜査本部の動きがどうにも気になる。飯塚さんの主張に対する裏付け捜査が十分とは言えない。なぜもっと人員を割かなかったんだ」
「あの件は、米田さんが一課長に伝えたそうです」
「俺は報告していない」
「なぜですか?」
康太は後部座席で眠りこける由衣と大樹に、一瞥して口を開いた。
「米田さん以外には言うなよ。怪しい者がいるが証拠は無い。今、泳がせている」
「え、えぇぇぇっ!」
青山刑事の叫び声で由衣が目を覚ました。
「なに? どうしたの?」
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