第42話 ゴーレム 其の一 ストーカー
金曜日、大学の帰り、由衣は大宮駅からいつもと違う方向に歩き出した。大樹は気にも留めず、講義の質問に答えながら着いて行った。
人通りが途絶えたあたりで、由衣が急に切り出す。
「ねえ、あそこのドラッグストアで待っててくれる?」
「ダメです。先週の火曜からストーカーが現れました。今日も」
「なんだー 気づいていたのね。どうして言わなかったの?」
「被害は出てないから」
「じゃあ、あたしが一人になっておびき寄せ、ボロクソ言ってやる!」
「危険です」
押し問答の末、大樹が密かに監視することで折り合いがついた。
日が落ち、人影のない小さな神社の鳥居の前、由衣の前に、若い男がニタニタと気味の悪い笑みを浮かべて現れた。
「姉ちゃん、オレと付き合わねえか?」
「バッカじゃないの! お前みたいなゴキブリヤンキーは、風俗行って商売女のケツでも舐めてろ!」
あまりに容赦ない言葉だ。
「こ、このメスガキ!」
掴みかかろうとした男と由衣の間に、大樹が路地からするりと割って入る。
「な、なんだこのクソガキ!」
男に襟を掴まれた大樹は逆手を取り、背後に回って手首を背中にねじ上げた。
「イテテテ!」
手を放すと、男は懲りずに殴りかかる。大樹が首をヒョイと傾げると、拳は背後の電柱に激突した。
「アイテェェー!」
悲鳴を上げて飛び回る男を横目に、由衣は録音を止めて通報した。
大樹の足元に座り込んだ男はうなだれ、一言呟いた。
「……甘く見た」
やがて警察官が駆け付け、男を暴行およびストーカー規制法違反の容疑で逮捕した。男は
由衣と大樹は厳しい処分を求めず、杉浦は聴取後、厳重注意で解放された。
だが帰り際、駆け付けた米田刑事が低い声で釘を刺した。
「また同じことをすれば、容赦しねえぞ」
翌日、眞美に昼食へ招かれ、由衣と大樹は、康太・眞見夫妻の自宅マンションを訪れた。
「いつも二人一緒なのに、なぜその男は由衣ちゃんにストーカーしたの?」
眞美の問いに由衣は破顔した。
「それがねー…… 男は大樹を弟だと思っていたんだって」
「キャハハ…… あっ! ごめんなさい」
ふくれっ面を見せる大樹に慌てて謝る眞美だが、由衣には苦言を呈した。
「でも、由衣ちゃんにも問題があるわよ。大樹君に対する接し方が」
「わかりました。これからは気をつけます」
「わかればよろしい」
大きく頷く大樹を、由衣はギロリと睨む。
「生意気な口きくな、この天然小僧…… あっ!」
「アハハハハ、お前ら、まるで漫才だな」
笑いながら康太がLDKに入ってきた。
昼食のチャーハンを食べ終え、コーヒーをひと口飲んだ康太が切り出した。
「大樹君が描いた似顔絵だが、データベースの照合で該当者なしだ。上層部で揉めた末、明日の公開と同時に警戒態勢を取ることになった」
由衣の顔がこわ張った。
「えっ! 監視されるってこと?」
「必要に応じて。主に通学時だ。休日の外出は控えろ。どうしても出るなら俺に連絡しろ」
「何それ! 大樹はいいの?」
「問題ないです」
大樹はどこ吹く風、コーヒーをひと口含んだ。
「はあぁ…… アパートで大樹とエッチなことでもするか」
「ブーッ!」
大樹の吹いたコーヒーが由衣の顔に降りかかった。
「もうっ! 冗談なのに!」
「キャハハハハ、由衣ちゃんが悪い」
眞美が爆笑した。
クリスマス、年末年始と、大樹は家族のように高見沢家で過ごし、何事も無くひと月が過ぎた。大学の後期試験が始まった一月末、ここ一週間、由衣は大樹の自宅アパートに入り浸りだ。
学術書、論文、資料、ノートと、どんな知識でも、一言質問すれば即座に正確な答えが返ってくる。気晴らしに茶化せば期待以上の反応を見せる。ただし、飲食中は禁物だ。
当の大樹も嫌な顔一つ見せない。食事は用意してくれる。部屋をそこそこ片してくれる。先月購入した洗濯乾燥機に洗い物を放り込んでくれる。かくして好きなイラストに没頭できる。
パソコンでイラストを描いている大樹に、由衣が後ろから抱き着いた。
「ねえ、感じる?」
「な、なな、何を?」
「わかってるくせにー。結構あるでしょ?」
「比較対象がないので分かりません」
「絶対比べさせないから」
椅子を回転させ、背もたれに手を置いた由衣は、そのまま唇を重ねた。
「この人、だれ?」
大樹から顔を放し、画面を見た由衣が問いかけた。
「伯母と公園で遊んでいたとき目にした人と同じ人を、帰りの電車で見た。同じようにサングラスにマスク、帽子に耳あてをしていた」
「顔が見えないじゃん。どうしてわかるの?」
「下あごの小さなホクロ。毛が生えている」
大樹はマウスカーソルで示した。
大樹が描いたイラストを見た康太は、ため息を吐いた。
「これじゃ大樹君意外わからんな。だが、駅の防犯カメラを見てもらえば、特定できるかもしれん」
由衣と大樹が大宮駅で降り、男はそのまま東京方面に向かっていた。
大宮警察署の一室、大樹は、埼京線と相互乗り入れする相鉄線の終点、海老名駅までの各ホームの防犯カメラの映像を、複数のモニターで同時に再生してもらって確認した。
結果、二俣川駅ホームの映像で大樹の目が釘付けになった。身長百ハ十センチ程、黒のトレンチコードとニット帽と耳あて、偏光サングラス…… まさしくこの男だ。
男の服装と風貌が判明し、福光夫妻殺害事件の捜査本部を持つ神奈川県警が、男の追跡を引き継いだ。
翌週、杉浦翔太の死体がさいたま市桜区の鴨川で発見された。死因は溺死、事故か事件か捜査中、死亡推定時刻は前日の二十二時から二十四時である。
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