第40話 われても末に 其の四 タッパー
捜査本部は、早速、瀬尾のアリバイ崩しに取り掛かった。
事件は五年前の十月十五日、金曜日、十三時から十五時の間に、あきる野市のキャンプ場で起きた。
その日、浅田一家は父親が有給を取得、子供達は小学校の創立記念日で休校。ウィークデーで、キャンプ場に居たのは浅田一家のみだった。
現場は凄惨な状況だった。
河原に前頭部が陥没した状態の
犯人は金槌のような鈍器を振り回して四人を殺害したものと考えられた。
瀬尾は事件当日、トラックで量販店の東松山集荷センターから立川店まで、乾燥海産物を運んでいた。立川店に納入した時刻が十四時頃と立川店の店員が証言し、アリバイが成立していた。
「東松山で瀬尾を見たと証言する者はいません。トラックを別の者が運転し、瀬尾は現場に電車で行き来して納品前に運転を交替したのでは?」
と柿崎刑事が発言した。
だが、当時の防犯カメラの映像等、瀬尾の足取りを示す痕跡は何一つ残っていない。瀬尾が犯人だとしたら、殺害動機は、浅田夫妻に対する強い嫉妬と捜査本部は見ている。
浅田海斗・恵利夫妻と瀬尾は栃木市で生まれ育ち、小中高と同級生だった。
成績は浅田の方が少々上だったが、口数が少なく細身でひ弱な浅田を、瀬尾は仲間と一緒に犯罪とも取れる苛めをしていた。
高校卒業後、二人の人生は大きく差が付く。
浅田は現役で地元国立大学工学部に入学。瀬尾を振った恵利と交際を始める。卒業後大手素材メーカーに就職して恵利と結婚。事件当時、浅田夫妻は二人の子供に恵まれ、順調に出世して狛江に戸建てを購入した。
対して瀬尾は、大学受験で二浪後、進学を断念。バイトをしながら公務員試験を年齢制限に至るまで受験。その後は職を転々と変えたあげく、為替の信用取引に手を出し、巨額の借金を抱えて自己破産。以後はドライバー単発バイト等で食い繋いでいた。
プライドだけは高く実力の伴わない瀬尾、気が弱いが実直な浅田、恵利は二人の本性を見抜いていたのであろう。
事件当時、東京都足立区に住んでいた瀬尾は、自宅アパートを引き払っていた。区役所に転居届は提出してなく、捜査本部は防犯カメラと目撃情報から瀬尾の行方を追った。
一週間後、池袋の路上で、パトロール中の警察官が瀬尾を見つけた。
瀬尾はネットカフェ、簡易宿所、ときには野宿と、東京近郊で日々場所を変えて寝泊まりしていた。
任意同行を求められた瀬尾は逃げ出して公務執行妨害で逮捕された。瀬尾の所持品が調べられ、LSDなど違法薬物が見つかった。瀬尾はヤクの売人をしていた。
瀬尾は柏原氏を騙してLSDを飲ませたことは、頑として認めなかった。
倉庫のバイトで知り合った柏原氏に新橋で現金と引き換えに渡しただけだと主張した。また、浅田一家四人の殺害については、関わりを一切否定した。
証拠が無く本容疑での送検は見送られ、瀬尾は違法薬物譲渡容疑で送検された。
末端の売人であった瀬尾の供述により、ルートを遡ってハングレ組織の仲介者を逮捕、密輸していた反社組織が壊滅、その後、国際捜査協力で製造元が摘発された。
短期間で二つの主要密売ルートを潰し、お祭り騒ぎの組織犯罪対策課に対して凹んだ面持ちの浅田一家殺害事件捜査本部の面々である。
かくして柿崎刑事の強い要望で、大樹に浅田一家殺害現場を見て貰うことになった。
康太、康史、拓斗、由衣と大樹、山県刑事と柿崎刑事は、捜査員らと共に、浅田一家四人の殺害現場、あきる野市のキャンプ場に行った。
殺害現場の森林と河原の境、苔むした数多くの石の一つに、大樹は目を留めた。そして、人の頭よりも大きなその石を持ち上げようとする。
「あたしがやるわ」
と言った拓斗がなんなく石をひっくり返す。
そこには半分砂に埋もれ、圧し潰された小さなタッパー容器があった。
「班長! タッパーがあります!」
柿崎刑事が声を張り上げ、山県刑事が目をむいた。
「確か、この辺りに浅田さんの遺体があった。回収しろ」
「浅田さんは最後の力を振り絞り、石の下に隠したのだろう」
康太が呟き、康史が大樹に顔を向けた。
「大樹君、何であの石に目をつけたのかい?」
大樹はちょいと首を傾げる。
「苔の状態が他の石と違っていました。人が触ったような」
「五年も前なのに! この頭どうなってんの?」
由衣が大樹のオデコをチョコチョコつついた。
回収されたタッパーは科捜研で調べられた。中には頭痛薬、胃薬、絆創膏に混じって髪の毛が入っていた。DNA検査の結果、瀬尾のものと一致した。
瀬尾と格闘した浅田氏は、頭部を強打されるも、必死に瀬尾の髪の毛をむしり取る。浅田氏を倒した瀬尾は、妻と子供達を追う。浅田氏は散乱した物品の中からタッパー容器を手にし、髪の毛を入れ、石を少々待ち上げて押し込み、力尽きる。
そんな壮絶な情景が捜査員らの頭に浮かんだ。
当時の天気予報では、日没から雨が降り出し、夜半にかけて雨脚は強くなる。水位が上がり、自分の身体も流されるかも知れない。浅田氏はそこまで予想して行動したのであろう。
瀬尾は浅田一家四人殺害容疑で再逮捕され、違法薬物譲渡容疑と別の検事が担当することになった。
以下は、浅田一家四人殺害事件の容疑者、瀬尾隼人の供述内容である。
浅田は、よく見ればイケメン、成績も俺より少し上。でも気が弱いから、よく意地悪や虐めをし、常に下に見ていた。
そんな浅田が地元の国立大学を受けると言う。俺は当然それより上を狙った。だが失敗して浪人。二浪しても落ち続け、とうとう親に「学費は出さん」と突き放された。
バイトしながら浅田より上を目指して公務員試験を受けたが、何度やってもダメで、最後は年齢制限に引っかかった。
気づけばこの歳で職歴なしの高卒。まともな就職先なんてあるわけがない。
親と兄から金を借りて為替の信用取引をやったが、大損して借金地獄。返せるはずもなく、結局自己破産した。
伝え聞けば、浅田は一流企業に就職し、俺を振った女と結婚していた。
散々虐めていた奴が、幸せを掴んだ。悔しくて、東京に出てやり直そうと決めた。だが、職歴なしじゃ仕事はないし、家賃は高い。バイトで食いつなぐしかなかった。
飲み屋で、やけ酒あおっていたら、ガラの悪い男が隣に座った。愚痴をいろいろこぼしていると、「いい仕事がある」と言われた。仕事はヤクの売人、そいつはハングレのヤクの仲介人だった。
迷わず話に乗った。金を貯めて何か事業を興そうと。だが、それも甘くなかった。客は、そうそう見つかるものではない。下手をすればパクられる。仕方なく稼ぎが比較的良いドライバーの単発バイトもした。
武蔵小杉の倉庫に荷物を運ぶ仕事があった。何回か通ううちに倉庫の管理会社の社員と知り合った。ドライバーの仕事がないときは入出庫のバイトをした。
そんな折、高校の同級生から浅田が狛江に家を買ったと聞いた。住所を教えて貰い日曜に行ってみた。
電柱の陰から覗くと、浅田は俺を振った女と、二人の子供と庭で遊んでいた。あまりの光景に悔し涙が出た。本来なら俺があの位置にいるはずなのに。
後日また行ったとき、うっかり顔を出して浅田と目が合ってしまった。
「瀬尾か?」と声をかけられた。卒業式以来の再開だった。
口下手だった浅田がやたら饒舌で、知らない言葉まで使って、明らかに俺より上に見えた。「何をしている」と聞かれたので「運送会社を経営している」と嘘を吐いた。
浅田一家はバーベキューをしていた。「金曜日にあきる野市のキャンプ場に行く。予行演習だ」と、聞きもしないのに嬉しそうに話す。
このとき決心した。浅田を消そう。そうしないと俺が壊れる。
金曜はちょうど東松山から立川まで荷物を運ぶ仕事があった。アリバイ作りに使える。
来月帰国する中国人バイトに金を渡し、東松山で荷物を受け取らせ、立川で運転を交代してもらう。その間に俺は電車で、あきる野へ向かえばよい。
あっけなかった。キャンプ場に行くとすぐ見つかった。
笑顔を向けてきた浅田の頭を、隠し持った金槌でいきなり殴った。
浅田は血を流しながら俺に掴みかかり、髪をむしり取られたが、そのまま倒れた。とどめは不要だった。
悲鳴を上げて逃げる妻子を追い、「俺を振った罰だ」と叫んで女の頭を殴り、「ママー!」と泣き叫ぶ子供らにも続けざまに金槌を振り下ろした。
ツバの長い帽子にありきたりの服、防犯カメラ対策は万全。金槌と血のついた服は川で洗い、リュックに詰めて持ち帰った。
電車で立川に行き、人目につかない裏道で中国人と交代し、作業服に着替えて荷物を届けた。
どう考えても東松山から立川までの移動中に犯行は不可能。しかも夜は土砂降りで痕跡も消えたはず…… なのに、なぜバレたんだ?
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