第38話 われても末に 其の二 おネエ

 翌週の月曜日、いつもの様に由衣と大樹は大学を出て帰宅の途に着いた。

「あなた達、由衣さんと、由衣さんの彼氏さん?」

 大宮駅の構内で、二人は、おネエ、即ち化粧をして女っぽい服装をした男に声を掛けられた。男は背が百九十センチ程、横幅もあって力士のような体格だ。

「はい、そうですけど、どちら様でしょうか?」

「やっぱり! 由衣さん、目立つからすぐわかったわ。あたし、康史さんの中学の同級生の上山。何度かお宅にお邪魔したことがあるわ」

「あっ! 兄と一緒に柔道部に入ってましたよね?」

「思い出してくれて嬉しい。お兄さんから聞いたんだけど、彼氏さん、凄い能力持ってるんですって。よかったらそこのカフェで、少しお話しません?」

 軽く頷く大樹をチラ見した由衣は応じた。

「いいですよ」

 康史の中学の同級生だった上山拓斗かみやまたくと・二十五歳は看護師と介護福祉士の資格を持ち、さいたま市浦和区の介護施設で働いている。持ち前の大きな身体と豊富な知識により、介護業務を誰よりも速やかに卒なくこなし、施設では欠かせない存在だ。


「あたしと康史と瑛太とね。校庭の隅の小高い所からオシッコ飛ばし競争したことがあるの。そしたらさ、しぶきが飛んで、走っていた体育の先生にかかちゃったの。草むらに隠れて見てたんだけど、先生(雨?)って手を広げて首を傾げ、行っちゃったわ」

 等々、拓斗は、康史と柏原瑛太との中学時代の他言無用なエピソードを話し、二人は笑い転げた。三人は打ち解け、いつの間にか由衣と大樹は、拓斗をタクちゃんと呼んでいた。

「康史と冗談半分で(瑛太のチンコ小せえ!)って言ったら、瑛太、本気で怒っちゃってさ。そのあと、一週間も口きいてくれなかったの」

 由衣と大樹は顔を見合わせ、由衣が転落事故に話題を振り、大樹が瑛太と交わした会話を伝えた。

 拓斗はハンカチを出して溢れ出る涙を拭った。

「瑛太、ずっと気にしていたのね。悔やまれるわ…… あたし、瑛太に薬を飲ませた奴、絶対許さない」

 大樹が静かにまぶたを閉じ、数秒後、パッと目を開いた。

「僕達を見ていた人達の中に、カフェの店員のような恰好をした男がいました」

 大樹はカバンからスケッチブックを取り出し、見る間に薄ら笑いを浮かべる男のイラストを描き上げた。

「あっ! こいつ、歌舞伎町のクラブにいたホストに似ているわ。確かセイアって名前。その店、変な噂があるし、こいつが瑛太に薬を飲ませたのかも」


 ホストクラブ・アラスカの前、拓斗は振り向き、由衣を見据えた。

「ねえ、由衣さんは入らなくていいから。お酒飲めないし、変な奴に目を付けられるかも知れないし」

「大樹が何かやらかしそうで心配なんです」

「だから康史とあたしだけで良かったのに」

「大樹がいれば、ウソつかれてもわかるもん」

「仕方ないわね。あたしと康史から絶対離れちゃダメよ」


 康史と拓斗は、柏原瑛太に薬を飲ませた者を自分達で探し出そうと考えた。 

 大樹の描いたイラストから、その者は拓斗が以前に会ったホストの可能性が高い。拓斗はアラスカに行ってセイアを指名し、本人に質して大樹が目撃した男と同一と判明した。そこで、康史がアラスカにホストとして潜り込み、拓斗が客になって証拠を掴もうと計画を立てた。拓斗がセイアを追究しなかったのは、切り捨てられるだけて背後の組織まで辿り着けないと考えたからだ。

 その週末、普段は服装に気を使わない康史が、洒落た服を着て姿見の前に立ってポーズを取っていた。目にした由衣は、康史と拓斗の計画を見抜き、大樹をホスト、自分は客として加わると言い出した。

 承知してくれないなら康太にバラすと脅され、康史は仕方なく応じた。二人は、自分達にも責任の一端があると感じ、好奇心も抑え切れないのだ。

 康史と大樹はアラスカを訪れ、面接してすぐさまホストに採用された。知的な印象の美青年で話し上手の康史、口数が少なく子供っぽいが息を飲む程の美青年の大樹、採用されて当然である。


 拓斗と由衣は開店時間早々店に入った。拓斗は、康史と大樹、そして問題のホスト、セイアを指名した。

 しばし五人の歓談が続いた。由衣と大樹はオレンジジュースを口にしながら、変顔を見せ合ってキャッキャッと騒いでいる。

 康史が拓斗に顔を向け、セイアに一瞬目線を投げると、拓斗は僅かに頷き、隣に座るセイアの耳元に口を近付けた。

 セイアと拓斗はグラスを置いて立ち上がり、赤と紫の光の中をすり抜けて行った。

「あの二人、何しに行ったの?」

「クスリです」

 康史は唇に指を当て、片方の手で由衣と大樹の額を続けざまに小突いた。

 五分程経ち、拓斗は姿を現してカウンター席に着き、バーテンにある飲み物を頼んだ。

 拓斗が出されたグラスに二度口を着けたところで、上下黒ずくめ男が、拓斗の隣に座った。二人は束の間、言葉を交わし、立ち上がって店を出て行った。


 席に戻って来たセイアに、大樹が声高にしれっと言ってのけた。

「クスリ売れそうですね!」

「ブーッ!」

「アアアアア」

 康史と由衣が飲み物を吹き出し、セイアの開いた口を塞がらない。

「黒づくめの男と大きな女は、外でクスリを売買するんでしょ!?」

 大樹は、またもや店中に響き渡る声を上げ、立ち上かって隣のボックス席の四人の女性客をチラ見し、スタスタと店の中央に向かって歩き出した。

 赤と紫の光の中から、反社系の怖い顔の三人の男が現れ、ダンススペースで大樹と鉢合わせした。

「お前、一緒に来い!」

 一人が大樹の襟を掴み、他の二人が両腕を拘束した。

 そのとき、バタバタと靴音を響かせ、十人ものさらに怖い顔をした男達が店になだれ込んだ。

 唖然とする客達が見守る中、男達とボックス席の女性客らは、見る間に四人を取り囲んだ。そして、一歩前に出た男が警察手帳を見せた。

「警察だ! さっきヤクの売人を現行犯逮捕した。その子を放せ!」

「あっ! お兄ちゃん!」

 大勢の刑事達に混じって女装した康太が、由衣の目に入った。

 康史は大樹に、出来れば背後にいる反社の連中を特定したいと話していた。

 天然で場の空気の読めない大樹でも、ここで言いたいことを言えば、不味いことになると予想できた。だが、隣のボックス席から漏れる康太の声に気付いて心変わりした。

(反社の連中を誘い出してやれ)


 一方、店の外では拓斗が売人を捕えていた。

 防犯カメラの死角で代金を渡し、薬物を受け取るやいなや、拓斗は、腕を捻って売人をビルの外壁に押し付ける。

「後は我々が」との背後からの声で、指のニ、三本へし折るつもりだった拓斗は、ボソっと洩らす。

「康史、あたしを騙したのね」


 康史は、拓斗と由衣と大樹に内緒で、康太に今日の計画を話していた。”敵を欺くにはまず味方から”である。違法薬物の売買については、捜査員及びその協力者が買い手を装うおとり捜査は例外的に合法だ。

 警視庁組織犯罪対策課の捜査員は、セイア、売人、バーテンダー、大樹を拘束した反社組織の構成員、三人を逮捕した。

 セイアが会話を通じて客を見定め、問題なければ特別なカクテルを教える。バーテンダーが、そのカクテルを頼む客が来たら売人に知らせる。売人は店の外で売買する。店に常駐する反社の連中が仕切る。以上の仕組みである。

 警視庁組織犯罪対策課は、当該反社組織に対する強制捜査を実施した。

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