第36話 三猿 其の六 出現
眞美の提案を由衣は拒絶したが、康太が財布を出して札を数え始めると、いとも簡単に落ちた。気の向かない大樹を引き込むのは容易である。
翌日、由衣は、この前に会ったカフェアプロに塩谷千佳を呼び出した。
由衣は、妹の人格が好きそうな下世話な話でその場を盛り上げてから、隣に座る大樹の太ももをつついた。
大樹は顎に指を添えて僅かに首を傾け、千佳を見詰めた。
「千佳さんの鼻の形はキレイですね。由衣よりカワイイと思います」
由衣が大樹に言わせた言葉である。
千佳は、一瞬目を見開き、頬を微かに紅潮させて視線を逸らし、カップを持つ指先を微かに震わせた。
大樹は人格が入れ替わったと察知した。
「彼女の前で、それ言っていいの? 由衣、この人、あたしにくれる?」
このとき、由衣も人格が入れ替わったと気づいた。
「今から聞くこと、アイラが正直に答えてくれたら、考えてあげる」
「アイラは偽名、本当はコトハよ。で、何よ」
「ニュースで報道された牧本を殺害したのはコトハ?」
「変なこと聞くわね! そんなことするわけないでしょ」
「じゃあ、協力した?」
「何のつもり? あたし達、関係ないから」
大樹が由衣に膝を当てた。
「あたし達? お兄さんのこと?」
「そうよ」
「じゃあ、お兄さんがやったんだ! コトハは知らなかった」
「兄のミナトもやってない! いい加減にしてよね!」
大樹が由衣に膝を当てた。
「ウソばっかし! お兄さんがやった証拠は挙がっているの。あたしは、コトハは関係ないって確認したかったの。これ以上ウソついたらこの話はなし!」
コトハはしばし下を向き、フイッと顔を上げて由衣を見詰めた。
「兄は、千佳の恨みを晴らしたの。あたしは兄に言われ、由衣の写真を使って動画を作り、奴を喫茶店に誘い出した。由衣が現れたのは想定外だったけど計画通り。写真勝手に使ってごめんね」
「もういいわよ。で、どんな計画?」
「すっぽかすのよ。奴はあきらめて、やけ酒あおるか風俗に行くでしょ。夜遅く帰って来たところを兄がやるの」
「そうなんだー! あと、岡安と風間を知っている?」
「うん、二人とも殺したい奴がいるって言ったので、兄に言われたとおりにバレにくい殺害方法を教えた。あと、そいつの最後は生前の行いに相応しい姿にしろと伝えた。例えば、自分が見たいものしか見ない奴は目玉を取る、嘘つきは舌を切り取るとか」
「へぇぇー! お兄さんも、それで耳を切り取ったんだ!」
「違う! 兄の狙いは、”見ざる言わざる聞かざる”に引っかけて連続殺人に見せかける…… ん!」
コトハが突然、野太い声を上げた。
「バカやろ! 寝ている間に余計なことペラペラ喋りやがって」
直後に千佳はテーブルに上半身を突っ伏し、ピクリとも動かなくなった。気を失ったようである。
千佳を載せた救急車に由衣と大樹は同乗して病院に行った。
二人が家族と入れ替わりに病室を出た途端、由衣は大樹の頬をつねった。
「イテテテテッ! …… どうして?」
「さっき、千佳はあたしよりカワイイって言ったから」
「由衣が、そう言えって」
「でも、ちっとも芝居がかってなかったから腹が立ったの」
何とも理不尽である。
由衣と大樹は、車で迎えに来た米田刑事と青山刑事と一緒に大宮警察署に向かった。
大樹は出現した二つの人格との会話を、一言も洩らさずに伝えた。録音しなかったのは、意図的でなく、たまたま出現した人格から聞いた話にする為だ。
地裁が令状を発行し、塩谷千佳の家宅捜索が行われ、千佳が使用していた男性用スニーカーと、パソコンと、自分で描いた牧本氏の似顔絵が押収された。
先にシューカバーから採取した繊維片と土壌が、スニーカーの繊維と靴底から採取した土壌と、それぞれ一致した。さらにパソコンから岡安と風間と牧本にSNSで接触した痕跡があった。
一方、牧本がロリコンで、対象が小学校低学年から高学年手前の女の子だったことが、周辺の者からの聞き込みで判明した。
一例では、小三の女の子をストーキングして気づいた父親に殴り倒されたことがあった。但し、警察沙汰にはなっていない。
一年程前からロリコン趣味は薄れたのか、頻繁に風俗に通うようになったとの証言も得られた。牧本がSNSでアイラと接触を始めた頃と一致している。
千佳のトラウマ体験は、何時、何処で、どのようなものであったか、千佳が記憶の奥底に封じ込めてしまい、人格を破壊せずに知ることは不可能である。
彼氏の妹の人格が、牧本、岡安、風間に、ネット上で接触した経緯は不明だ。但し、十分な時間はあった。
ロリコン趣味、年齢、人相、トラウマ体験現場などを手掛かりに、彼氏の人格、ミナトが牧本を必死になって探し出し、秘匿性の高いVPN経由の通信アプリで、彼氏の妹の人格コトハがアイラの偽名で接触する。
千佳が中高を通して受験勉強の振りをして自室にこもる。さらに両親の了承を得て祖父母宅に移るも実際は予備校に通わず、時間と環境を確保する。
ミナトが匿名性の高いダークウェブ上に復讐をテーマとするサイトを構築し、あと一押しで殺人を犯しそうな候補をフォロアーから選別する。
コトハが候補とやり取りをし、最終的に二名に絞り込み、三猿偽装連続殺人計画に加担させる。
以上のプランで、ミナトの主導の元、時間を掛けて着実に押し進めたのであろう。
塩谷千佳の聴取は武藤教授と名和弁護士が同席の上、本人の保護を優先し、精神病理学的視点で慎重かつ体系的に進めることになった。
埼玉県警が保護している二匹のタヌキは、さいたま市内を流れる芝川の川辺で放されることが決まった。
早朝、その場には警察犬係の滝口巡査と警察犬のレオ、由衣と大樹、康太、米田刑事、青山刑事が立ち会った。
滝口巡査がケージを開けると、二匹の狸は飛び出し、一目散に草深い土手下に潜り込む。同時に青山刑事の携帯が鳴った。
画面に触れた青山刑事が叫び声を上げた。
「たたた、大変です! こここ、これ見てください」
その場の全員が、青山刑事がかざすスマホを眺めた。
「ななな、何じゃこりゃー!」
「イヤァァァーッ!」
米田刑事が声を張り上げ、由衣が悲鳴を上げて顔を背けた。
スマホを操作していた康太が「フッ」と息を吐いた。
「心配していたことが現実になった。世界中に拡散してしまったようだな」
青山刑事が見せたのは、次の画像である。
口が大きく開かれて先端のない舌が泡立つ血の中から突き出る細川彰人。
溢れ出た血溜まりに耳のない顔が浮かぶ牧本吉宏。
以上の三人が、”見ざる言わざる聞かざる”の如く並んでおり、牧本だけは具体性に欠けるが、三人の行状を解説した日本語文と英文が添えてあった。
岡安と風間から送られた写真と、彼氏の人格、ミナトが自分が撮った写真と合わせて制作し、SNSに投稿したのであろう。
「狙いは、これをアップすることだったのですね?」
大樹が眼差しを向けると、スマホの画像を眺めていた康太は頷いた。
「ああ、彼らの素行と末路は永久にさらされる。岡安と風間が加担した真の理由か……」
朝日にキラキラと輝く
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