第34話 三猿 其の四 由衣の同級生

 大樹の自宅アパート、由衣は例の如く大樹に対し、茶化すとも迫るとも、判断不能な振る舞いをしていた。

「ねえ、ここんとこしてないよね」

「なにを?」

「これ」

 由衣は唇を尖らせた。

「先月のニ十ハ日、午後六時七分にしました。まだ一月経ってないです」

月一つきいちって誰が決めたの?」

「月一回で十分…… イテテテテ」


 由衣に頬をつねられた後、大樹は恐る恐る口を開いた。

「あのー、ここ二年の他の人と一緒に撮った由衣の写真を見せてくれる?」

「なんで?」

「ちょっと興味があるので」

「ふーん」

 大樹は由衣からスマホを借りて次々と写真をめくった。二百枚近く見終えたところで声を上げた。

「この人は誰ですか?」

「千佳よ。これは一昨年の同窓会の写真」

「会ってみたい」

「なんで? …… まっ、いっか! 千佳、大学受験失敗したから心配していたの。ちょうどいいわ」

 塩谷千佳しおたにちかは、由衣の中学生時代の同級生である。二人は一年と三年のとき同じクラスで仲が良かった。

 由衣は千佳に連絡し、翌日の日曜にカフェアプロで会うことになった。

 

 席に着いて由衣と千佳は互いの近況を話し、由衣は大樹を彼氏として紹介した。由衣が心配するまでもなく、千佳は至って元気だった。

 両親に勉強に集中したいと頼み、さいたま市大宮区の親兄弟と一緒に住んでいる家を出て、浦和区の祖父母宅に移り、予備校に通っているとのこと。

 由衣が笑みを浮かべ、千佳のロングワンピースに目を留めた。

「ねえ、それ、よく似合うけど、千佳はそういうカラフルなの好きじゃなかったよね?」

 澄んだ目を向ける大樹にチラッと視線を返し、千佳は顔を少々赤くした。

「彼の好みなの」

「そうなんだー! どういう人?」

「早慶大法学部の三年、自分で言うのもなんだけど、細マッチョのイケメン」

「へーっ! いつ知り合ったの」

「高一のとき。怖い感じの男が二人、ニヤニヤしながら近づいて来たとき、突然、現れて助けてくれたの」

「なんだー! ちっともそんな様子見せなかったじゃない。けど、劇的な出会いね」

「それがね。その前から近くにいたような気がするの」


 大樹が出し抜けに割り込んだ。

「彼氏さんは、千佳さんを陰ながら守っていたのですね」

 千佳は笑みをこぼして高い声で応じた。

「きっと、そうですね」

 大樹は軽く頷き、質問を続けた。

「彼氏さんを誰かに紹介したことはありますか?」

「いいえ…… 今のところは」

「彼氏さんと手を握ったとき、湿っぽかったですか?」

 千佳は思い出すかのように目線を上に向けた。

「どうだったかしら…… 気にしたこと無いです」

「彼氏はどんな匂いがしますか?」

「覚えてないです」

 次々と質問する大樹の脇腹を、由衣はチョコチョコつつく。しかし、大樹は気にも留めない。

「千佳さんが彼氏さんと会うのはどういう場所が多いですか? あと、どんな感じで別れますか?」

「駅、カフェ、繁華街、路地とか、怖い顔の男の人が多くいる場所、というか、そういうところに行くときは、必ず来てくれます。別れるときは辛くて覚えてないです」


 由衣が大樹の太ももをつねったが、大樹は止めない。

「千佳さんには、歳の近いお姉さんか妹さんはいますか?」

「妹はいるけど、まだ小学生。あっ! 彼氏の妹はあたしと同じ歳です」

「彼氏の妹さんは、どんな人ですか?」

「お喋りで、積極的で、何かと首を突っ込んでくる元気な子です」

 何度も頷く大樹を、由衣は軽く睨んでから、千佳に顔を向けた。

「ごめんね。変な質問ばかりで。彼、変わってるけど、決して悪気はないの」

「いいえ、彼氏のこといろいろ聞かれて、あたし、今まであんまり気にしてなかったって思い知らされた。これからは、もっと気配りしなきゃ」

 由衣は埋め合わせするがごとく、俗っぽい世間話で千佳の笑いを誘った。

 ニコニコしながら立ち去る千佳を見送った由衣が、大樹に怖い顔を向けた。

「どういうつもり?」

「千佳さんは、由衣のフェイク動画の元になった女性です。けど、投稿したのは千佳さんではないと思います」

「えーっ! ウソー!」


 翌日、捜査本部は川谷博之殺害事件の容疑者として、岡安晴人おかやすはるひと・二十三歳・さいたま市西区在住・無職に同行を求めた。岡安は、上尾市にある上尾西部病院の入院患者リストにあった。

 川谷氏の他殺体が発見された当日、一型糖尿病を患う岡安は、発熱、全身の震え等の自覚症状から、普段通っている上尾中央病院を訪れ、パスツレラ敗血症と診断されてそのまま入院した。その後、回復して五日後に退院した。

 脚に怪我をした狸の口内から採取したパスツレラ菌と、岡安が入院時に採取された血液中のパスツレラ菌のDNAが一致した。岡安は厳しく追及され、川谷氏の殺害を認めた。


 川谷氏は、当時、岡安が通っていた大宮西中の社会科教師で、岡安が中三のときの学級担任だった。

 岡安は、テストは全科目、常に高得点で、市内の高偏差値私立高校に入学。卒業後現役で名門の早慶大学に進学。だが、就職に失敗し、現在は公務員を目指して就職浪人中。落とされた理由は、持病が原因かと岡安は疑うも、調べようがなかった。

 川谷氏が、中学校の担任だったとき、岡安に対する酷い苛めを無視していたことが、主な殺害動機だ。一例では、校舎の裏で同級生四人に囲まれ、岡安は殴られたり蹴られたりしていた。たまたま岡安が上を向いたとき、校舎の窓からニヤついた顔で下を覗いている川谷氏が、サッと隠れたとのこと。

 また、テストの点数に対し、成績表はあまりにもかけ離れた評価だった。

 川谷氏の授業で岡安が間違いを指摘することがときどきあったと、当時の同級生が語った。恐らく岡安に恥をかかされたと川谷氏は根に持ち、そのような扱いをした。何とも道理に合わない。

 また岡安は、当時は理解できなかった川谷氏の不審な行動に、卒業後に気づく。体育の授業でサポーターを忘れ、教室に戻ったとき、川谷氏が黒く小さな物を本棚から取り出したのを目撃した。教室は直前まで女子生徒が着替えをしていた。


 就職失敗が確定した頃、岡安は、川谷氏が教頭になったことを伝え聞いた。 

 何であんな奴が出世して自分がこんな目にと、岡安は憎しみを募らせる。

 岡安は、帰宅する川谷氏に尾行し、金曜の夜は必ず飲み屋に立ち寄り、その後、夜は人気の無い鴻沼川神明橋付近で一服することを突き止めた。

 犯行当日、川谷氏は、火がついたままの吸い殻を川に投げ捨てた。

 このとき岡安は決意する。

(あれでも教師か! 納得できる答えがなければ、やるしかない)

 岡安は川田氏に声をかけた。そして、自分への苛めを無視したこと、教室に盗撮カメラを仕掛けたこと、成績を不当に評価したこと、以上を追究した。

「君への苛めの証拠を得る為にカメラを仕掛けた」、「試験の点数だけでなく、人間性も考慮した」と、川谷氏が愚にもつかない言い訳をした。

 岡安は「どの口が言うか!」と吐き捨て、湿ったタオルを巻いた鉄パイプで川谷氏を殴打して昏倒させ、もう一撃加えて殺害した。

 さらに、「奴に相応しい最後を演出したく目玉をえぐり取った」と話した。

 岡安は牧本氏殺害については不定した。

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