第33話 三猿 其の三 二匹のタヌキ

 午後、一行は一件目の被害者、川谷氏の遺体発見現場、さいたま市大宮区の鴻沼川神明橋近くの事件現場に行った。

 現場を一通り歩いた大樹が口を開いた。

「柿の実がたくさん落ちていて食べかすもたくさんあります。柿からアルコールの臭いがします。ビッコを引いたタヌキが茂みの中に隠れました」

「はえぇぇぇー! また、タヌキかい!」

 米田刑事が素っ頓狂な声を発した。

 大樹は、昨日のアルコールパッチテストで由衣が言った言葉を思い出した。

「あくまで可能性ですが、熟れ過ぎてアルコールが発生した柿を食べたタヌキが、酔っ払って寝てしまい、犯人に踏んづけられ、脚にケガをしたのかも知れません」

 耳を傾けていた青山刑事が口を出した。

「ここで唯一回収できたのは、飴の包装フィルムです。指紋やDNAなどは検出できませんでしたが、これって何か関係ありそうですか?」

「犯人は糖尿病かもね。激しい運動や興奮した後に低血糖になる恐れがある」

 由衣が口を挟むと、大樹は小さく頷いた。

「糖尿病の人がタヌキに噛まれたら、重度の敗血症になる可能性があります」

 ニヤリと笑みをこぼした康太が、米田刑事を見据えた。

「何ですかな?」

 米田刑事が口を尖らせて首を捻ると、青山刑事が声を張り上げた。

「班長! 病院を片っ端から当たれってことです」

「おっ! そうか!」

 大樹が、黒い目が見え隠れする茂みの方に顔を向けた。

「手掛かりが失われないうちに、怪我をしたタヌキを……」

 笑みを浮かべて頷いた滝口巡査が、指差してレオに声を掛けた。

「レオ、タヌキを確保だ!」

 程なくレオが、茂みの中に蹲っているタヌキを見つけた。脚の怪我で覚悟ができているのか、滝口巡査は難なく捕えて持って来たケージに入れた。

 タヌキは不思議そうに首を傾げた。


 次に一行は、二件目の事件現場のさいたま市緑区にある氷川女体神社近くの見沼用水路川縁に行った。

 現場を一通り歩いた大樹が指刺した。

「あそこにタヌキがいました。茶髪ようなものが背中に絡まってます」

「なんともはや! またまた、タヌキかい!」

 米田刑事がボカーンと口を開け、康太が大樹を見据えた。

「犯人が落とした髪の毛が絡みついたかもな」

「かなり低い確率ですけど。殺害を目撃したタヌキが危険を感じて死んだ振りをし、地面に転がったとか」

 青山刑事が高い声を上げる。

「ここでは遺留物を一切回収できていません。一パーセントでも望みがあれば」

「レオは害獣駆除訓練を受けています。私に任せてください」


 滝口巡査はレオのリードを外し、奇しくも茂みからヒョイと顔を出したタヌキを指差した。

「レオ、タヌキを確保だ!」

 続いて「ステイ!」「マーク!」「サーチ!」「ストップ!」「バウ!」などと滝口巡査は次々とに指令を出した。

 五分程して、レオはタヌキを神社の玉垣に追い詰めた。吠えまくるレオに、逃げ切れないと悟ったのか、タヌキは死んだ振り、いわゆる”狸寝入り”をした。

 滝口巡査は車に積んでいた網をタヌキにかけて確保した。

「すけー! やったー!」

 青山刑事が声を張り上げ、全員がレオと滝口巡査に拍手喝采を送った。

 確保したタヌキから茶髪を採取後、脚の怪我をしているタヌキと止む負えず同じケージに入れた。

 しばらくは互いに威嚇し合っていたが、年齢が近く脚を怪我している方はオス、この場で捕えたのはメスで、メスの警戒心は徐々に薄れ、大宮警察署に着くころには互いに舐め合うまで仲睦まじくなった。

 二匹のタヌキは県警で一時保護することになった。


 二日後、捜査本部は細川彰人殺害事件の容疑者として、風間智也かざまともや・二十ハ歳・さいたま市桜区在住・職業不詳を逮捕した。

 捜査本部は、細川氏に恨みを持つ人物として退職した社員も含め、同僚、部下など周辺の人物を洗った。結果、一年半前に解雇された風間が、容疑者に浮かび挙がっていた。

 風間は無断で原材料を他社へ転売したことが発覚し、懲戒解雇になった。そのときの上司が細川で、風間の不正行為に気づいて告発した。

 風間は、任意の事情聴取では関与を否定した。証拠がなく捜査本部は、仕方なく任意で風間のDNAを採取後、風間を解放した。


 捕えた狸から採取した毛髪のDNA検査が実施された。結果、毛髪のDNAと風間のDNAが一致した。

 風間は細川氏の殺害を認めた。

「原材料を勝手に他社に売ったのは、同僚だった池谷と上司の細川だ。安く仕入れて差額が手に入ると、販売先の社員まで巻き込んでいた。自分が池谷の不正を暴いて細川に報告したら、奴は、販売先の社員にまで口裏を合わせていて、自分のせいにされた」

 以上が、風間が供述した殺害動機で、舌を切り取った理由は、以下である。

「最後に相応しい姿にしてやった。奴は嘘をついて俺に罪をなすり付けた」

 風間は懲戒解雇になった為に次の就職先がなかなか決まらず、アルバイトをしてギリギリの生活を送っていた。さらに風間の同僚だった彼女が自殺した。

 落ち込んでいるところを細川に付け込まれ、もてあそばれたとの噂が流れていた。現在の境遇に貶めた細川氏に対する恨みは、日々高じて付け狙うようになった。

 事件当夜、自宅近くを酔い覚ましに散歩していた細川氏に、風間はいきなりバットで襲い掛かって殺害した。


 風間は、川谷氏と牧本氏の殺害については否定した。被害者達との接点は見つからず、動機も考えられず、証拠も無い。風間は細川氏殺害についてのみ厳重処分で送検された。

 川谷氏殺害事件については、さいたま市内の病院では、敗血症と診断された患者はなく、川越市、上尾市、蓮田氏など周辺地域に捜査範囲が広げられた。

 また、牧本氏殺害事件については、今のところ、容疑者を絞り込める証拠や目撃情報などは得られていない。回収したシューカバーから、繊維片と土壌が採取されたが、容疑者を絞り込める情報は得られなかった。

 繊維片は大量生産品の男性用スニーカーのものだった。土壌の分析を、警察庁科警研が行ったが、さいたま市の大宮台地など、関東南部に広範囲に分布する関東ローム層のものだった。

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