第30話 中華料理店 其の五 カラスの贈り物
「クスッ! 先生、早過ぎです」
醤油ラーメンを、ものの三分ほどで食べ終えた健志郎を由衣が笑った。
隣のテーブルでラーメンを食べている天池蒼真も破顔した。
「いや、一口、汁を含んだら止まらなくてねー」
「先生、こんなもので、ほんとにいいのですか? あたし、心苦しいです」
と言いながらギョーザ、から揚げ、レバニラ炒め、瓶ビールとコップを、友美は健志郎の前に置いた。養子解消手続きの謝礼が一度の飲み食いでよいという健志郎に、友美は何とか応えたい。
「じゃあ、あと一回ごちそうしてくれる?」
「そうおっしゃらずに、生涯無料パスとか?」
「それじゃ申し訳ない。二回で」
蒼真が健志郎に笑顔を向けた。
「先生、友美さんの気持ちもくんで……」
「十二回では?」
友美が言い添えると、由衣が割り込んだ。
「先生、これで決まりですね。ところで友美、話があるの」
「なに?」
「男の人の前では言いにくいこと」
「じゃあ、二階で」
友美は客に呼び掛けた。
「お客様、御用のときは、テーブルの呼び出しボタンを押してください」
友美は、由衣と一緒に二階に上がって行った。
二人が二階に上がったのを見届け、大樹は蒼真に話し掛けた。
「天池さんはカラスにとっても好かれているんですね」
「ん! そうかなー?」
蒼真は首を捻った。
「この前、店の前で十二羽のカラスが、天池さんの周りに光るものを落として飛び去りました。あれはプレゼントだと思います。腕のキラキラ光る腕時計をカラスも目にしたのかと」
蒼真は自分の腕時計を眺めた。
「なぜ僕にカラスがプレゼントするんだい?」
「仲間が殺されるなど危害を加えた人物に対し、カラスはフンをかけて報復していました。言わばカラスの仇敵を、天池さんが退治してくれたからです。最初のプレゼントは手羽先の炙り焼きでした。大和田公園の事件現場で警察が回収しました」
「で、でも、手羽先と光るものは、同じ仲間のカラスが落としたとは言えないだろ」
蒼真の声は上擦り、明らかに動揺を隠せない。
「手羽先、遺体に付いたフンの一つ、光るプレゼントの一つ、以上から検出したカラスのDNAが一致しました」
「し、しかし、手羽先といっても生ゴミだ。プレゼントではなく、フンと同様、報復とも考えられる」
「人にとっては生ゴミでも、カラスにとってはご馳走です。僕達は今日、天池さんの後から店に入りました。店の前で十羽のカラスがプレゼントを天池さんの周りに落としました。一つは手羽先で残りは光るものでした」
蒼真はしばらく下を向いて黙りこくり、フイッと顔を上げ、サバサバした表情を浮かべた。
「バレちまったか! でも僕は、後悔してない。元より覚悟はできている」
隣のテーブルで食事をしていた米田刑事と青山刑事が席を立ち、蒼真の傍に立った。引き戸を開ける音が響き、康太と刑事二人が入って来た。
青山刑事が蒼真に声を掛けた。
「天地蒼真さん、相田慎一殺害事件につき、聴取のためご同行願います」
蒼真は、米田刑事と青山刑事に両脇を抱えられ、出入口に向かった。
後ろから健志郎が呼びかけた。
「天池さん、よろしければ弁護を引き受けますよ」
由衣から事情を聞いた後、階下の騒ぎを聞きつけ、階段を駆け下りて来た友美が叫び声を上げた。
「蒼真さん! あたし、まっ……」
蒼真は素早く振り返り、友美の言葉を遮った。
「待っているなんて口にするじゃない! 僕達はこれっきりだ」
泣き崩れる友美を由衣が抱きかかえ、厨房から出て来た友美の父親は、口をあんぐりと開け、立ち尽くした。
カラスは、危害を加えられたこと、エサをあげるなど親切にされたこと、助けてくれたこと等、仲間内で共有し、報復や御礼をすることは知られている。
先日、大樹は、大宮署で相田慎一と天地蒼真に対するカラスが取った行動を説明した。大樹が拾ったカラスの蒼真へのプントント、相田の服についていたカラスの糞、警察が事件現場で回収した手羽先、以上に対するカラスのDNA検査が実施された。
検査の結果を踏まえ、蒼真が決まって店を訪れる土曜日の午後、彼の確保が決まった。店内に米田刑事と青山刑事ら四名が客を装って留まり、同席したいと申し出た名和弁護士が、蒼真の隣のテーブルに着いた。
青山刑事のバックに仕掛けたカメラで、店内の様子が監視され、万一に供え、SITが店に踏み込む体制が取られた。
蒼真は素直に相田慎一殺害容疑を認めた。
慎一が水商売の女の自宅アパートに潜んでいることを、尾行して突き止めていた。当日、女が出勤して日が落ちた後、近くの大和田公園に慎一を連れ出した。通報を恐れて奴は自分に従わざるを得ない。人目のない森の中まで歩かせ、懐に収まる小ぶりな木刀で頭を強く打って殺害した。
以上が蒼真が供述の概要である。
彼女の母親を殺害したとはいえ、付き合い始めたばかり。母親とは顔見知り程度の間柄で動機は薄い。そこを追及されたが、蒼真は黙秘した。
群馬県の二つの障害事件についても、蒼真は、群馬県警の取調官に容疑を認めた。
宇田川一輝に対する障害事件の動機は、猫の虐待だった。
蒼真がご飯をあげて可愛がっていた猫と、他二匹の無残な死骸が見つかった。当時、宇田川少年の仕業との噂が立っていた。
蒼真は、夜中に棒を持ってうろついている宇田川少年を尾行し、子猫に襲い掛かろうしたところを、背後から肩を打ち据えた。
また、森村和彦に対する障害事件の動機は、子供の虐待だった。
森村には当時十一歳の娘と九歳の息子がいた。蒼真は姉弟と仲が良く、ときどき二人にラーメンなどを奢っていた。
二人が養護施設から両親の元に戻された当日、再び森村から酷い暴力を振るわれたと二人は蒼真に話し、泣きながら助けて欲しいと頼んだ。
夜中、森村の自宅アパートから、怒鳴り声と子供の泣き声を聞いた蒼真は、アパートから出て来た森村に背後から近づいて肩を打ち据えた。
一週間後、大樹の自宅アパートで、天池蒼真の弁護を引き受けた名和健志郎が、由衣と大樹に口外無用と念を押し、蒼真に関する事実関係を語った。
以下ほ、その概要である。
相田慎一の殺害について、天池蒼真には強い動機があった。
十年前の冬、天池蒼真の叔母・当時十九歳・さいたま市浦和区在住・大学生の
優香は救急搬送されたが、間もなく死亡した。死因は急性硬膜外血種。優香は、蒼真の母親の歳の離れた妹で、頻繁に松風旅館にアルバイトに来ていた。当時十一歳の蒼真とは、叔母と甥というより姉弟に近かった。
二人は大変仲が良く、一緒にビデオゲームなどで遊んでいた。当時大学生だった慎一にストーキングされたと優香が話したことがあり、蒼真は警察に訴えた。だが、警察は物証を押さえられず、事件性不明で処理をした。
慎一は逃げるように地元を離れ、関西の会社に就職した。
興味津々の様子で話を聞き入っていた由衣は、得心して何度も頷いた。
「その事件、お覚えてます。彼は先生を信頼して話してくれたのですね」
「警察や検事に話す前でよかった」
「蒼真さんは、慎一に自白させたのですか?」
「ああ、彼は録音していた」
健志郎は、蒼真がある場所に隠していたボイスレコーダーを再生した。
(朝早く散歩に出た彼女をストーキングした。気づかれて言い争いになった。
頭にきて突き飛ばしたら、倒れて縁石に頭をぶつけて動かなくなった。怖くなって逃げた)
健志郎がレコーダーを切ると、由衣はつかの間、ポカンと口を開けた。
「凄い! きっと裁判で役に立ちますね。彼の気持は理解できます」
「元々、蒼真君は慎一を殺害する意図はなく、録音は警察に提出するつもりだった。だが、慎一が最後に言い放った言葉で頭が真っ白になり、気がついたら頭が潰れた慎一が倒れていたとのこと」
健志郎は、続きを再生した。
(ブスのくせに俺を拒否した彼女も悪い……)
「何たる暴言! ひど過ぎ!」
「彼に精神科医の診断を受けるように説得しているが、頑として受け付けない」
大樹の口元が何か言いたそうに動いたとき、由衣の携帯が鳴った
「エーッ! ほんとにぃぃぃー?」
由衣が素っ頓狂な声を上げ、しばし話してから携帯を切った。
「友美が新しい彼氏ができたって。明日、紹介がてらラーメン、ゴチするから店に来ないかってさ。呆れた」
「女子はそんなもので、切り替えが早いです。男はいつまでも尾を引くけど」
と大樹がのたまうと、由衣はオデコを小突いた。
「女の子の気持がまったくわからねー天然小僧が、利いた風な口をきくな!」
健志郎が吹き出した。
「ブハハハハ、手厳しいなー! 由衣さんの気持はわかるけど、長い目で見てやってください」
健志郎は、口を尖らせている大樹をチラリと見て、由衣に頭を下げた。
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