第29話 中華料理店 其の四 手羽先の炙り焼き 1

 日曜の午後、腕を組んでボーッ天井を眺めている大樹の頬を、由衣が軽くつついた。

「奴の死体、酷い状況だったそうね。大樹、もう関わっちゃダメよ」

 言い終えると同時に呼び鈴が鳴った。

「米田さん達が来た」

 由衣は指先に親指を添えて捻る。

「イテテテテ」

「もうっ! 言った傍から」

「だって今朝、電話してきたんだもん」

 大樹がドアを開けると、米田刑事の笑顔と青山刑事のかしこまった顔が覗いた。

「いやーっ! またまた、お世話になります」

「お休み中、お時間をいただき、ありがとうございます」

 大樹の後ろから由衣が二人を軽く睨んだ。

「先日は、我々は別の事件がありまして、行けなくて申し訳ない」

 米田刑事が頭を下げると、由衣は「ニヤッ」と笑み見せ、嫌みを放った。

「刑事さんからは、必要最小限ことしか聞かれませんでしたよ。無駄話ばかりのお二人と違って」

「それは、口を軽くさせて証言を引き出すための手練手管なんですなー。ワハハハハ」

「それ、あたしに通用するって思ってるんですか?」

「高見沢さん、すいません」

 青山刑事は謝り、米田刑事に強い目線を送った

「班長、それが無駄話です」


 青山刑事がテーブルにポリ袋に入った何かの骨を置いた。

「これが事件現場近くに落ちていました。手羽先の炙り焼きです。事件に関係するものかどうか不明です。指紋は無かったけど、DNA検査をしました。相田のものではなく、誰のものか分かりません」

 大樹が興味津々に眺めていると、由衣が口を出した。

「大樹の意見を聞きたいってこと?」

「はい、お兄さんとご相談して」

「あいつ、ちょっと出かけると言った切り三日も帰ってない。何してんの?」

「それは言えません」

「事件のこと調べているんでしょ」

 青山刑事が黙りこくると、米田刑事が笑い声を上げた。

「ワハハハハ、まあ、そんなところです。で、福光さん何かないですかねー?」

「骨に肉が少し残っていて、くちばしと爪の痕があります。これは、生ごみゴミをあさったカラスが落としたものだと思います」

 米田刑事と青山刑事は顔を見合わせ、ため息を吐いた。

「遺体に鳥のフンはかかっていませんでしたか?」

 青山刑事は驚いた顔を見せた。

「確かに頭や服に白いフンがあった」

「それはカラスのフンだと思います。念のため採取しておいた方がよいです」

「カラスのクソなんぞ、どうすんじゃい!」

 米田刑事が文句を付けると、青山刑事が取りなした。

「まあまあ、班長、ここは福光さんのおっしゃる通りに」


 黄色のマツムシソウの花束を生けた花瓶を、窓辺に置いた友美に、天池蒼真が声を掛けた。

「大変だったねー。でも、明日からお店、再開するって聞いてとっても嬉しい。まあ心配することはないよ。彼のことは旧姓の相田でニュースに流れたし、近所の人は、血縁はないって知っているし」

「ご心配かけました。これ、とってもキレイです。ありがとうございます」

 友美が頭を下げると、スマホを見ていた由衣がフイッと顔を上げた。

「へーっ! 黄色のマツムシソウの花言葉って”再起”だって! ピッタシじゃん」

「えっ! 蒼真さん、ご存じだったのですね。あたし嬉しいです」

 友美は嬉し涙を流した。

「大樹も見習わなくちゃね」

 大樹は首を傾げた。

「僕も花にしようって言った。由衣はホールケーキみんなで食べようって」

「まあ、よかったじゃん。重ならなくって」

「でも、ラーメンの後にケーキは無理って言ったら、別腹って…… イテテテ」

 由衣は大樹の頬をつねった。

「しつこい!」


 友美は、落ち込んでいる父親を励まして何とかやる気を出させた。

 手間が掛かるのでここ十年作らなかった絶品チャーシューを復活させた上で、衝撃的な事件から一週間後の明日、中華料理店再開にこぎ着けた。

 今日は、試食してもらおうと三人が呼ばれた。

 満腹になった三人が友美に礼を言って店を出ると、店先の電線にとまっていた十数羽のカラスが一斉に飛び立ち、蒼真の周りにビール瓶のキャップ、木ネジ、ビー玉、プラの破片、缶のフタなどを落として飛び去った。

「何のつもりだろうね?」蒼真は首を捻る。

 光り輝くカラスの置き土産を目にして、大樹は「ハッ」と息を飲んだ。

 蒼真が立ち去った後、大樹は店に戻って友美の傍に行った。

「未使用のポリ袋と割り箸をください」

 友美が首を傾げながら渡すと、大樹は、置き土産を一つ一つ割り箸でつまんでポリ袋に入れた。

「ねえ、大樹君、何であんなもの拾ってんの?」

 由衣は肩をすくめた。

「わかんない。まあ、いつものこと」


 アパートに帰った途端、由衣は大樹のベッドの上にひっくり返った。

「お腹が苦しいー」

「だから、スープを一滴残らず飲み干してしまう美味しいラーメンの後にケーキなんて」

 由衣はベッドから起き上がって話題を変えた。

「蒼真さん、気がきくし、やさしいし、大人だし、友美、とっても喜んでた。大樹も彼の爪の垢を煎じて飲むよう心がければ?」

「……」

 沈んだ顔になった大樹を目にして由衣は慌てて謝った。

「ごめん。大樹は、言いたいこと言う前に、もう少し気を配るようにすればば、大人だから」

「そういうことじゃないんです」


「えぇぇーっ! あたし、絶対信じないから!」

 大宮警察署の一室、由衣がヒステリックに喚くと、康太は二度頷いた。

「お前の信じたくない気持ちはよくわかる。だが、彼の周りで障害事件が二件あった。一つは二年前に草津温泉、もう一つは一年前に伊香保温泉、被害者は二人とも夜中に背後から襲われ、右の肩甲骨が破壊された。相田慎一の事件では、頭頂骨が砕け散っていた。おそらく三件とも凶器は木刀、天池は剣道三段だ」

「証拠はないんでしょ?」

「あれば逮捕している。群馬県警は何度か彼に事情聴取をしたが、若いのに正々堂々と関わりを一切否定したそうだ。捜査員らは彼ではないとの意見だ」

「じゃあ、お兄ちゃんの勘違いじゃん」

「だと、いいんだがな…… 大樹君、天池さんに対し、何か気になることはないかい?」

 康太は大樹を見据えた。

「はい、その前に聞かせてください。被害者はどういう人達ですか?」

「草津温泉の方は、被害者は宇田川一輝うだがわいっき、当時十七歳の高校生。その頃、三ヶ所で酷く損傷した猫の死骸が見つかった。中学生のとき動物虐待で補導歴があった彼に事情聴取する矢先だった」

「はい」

「伊香保温泉の方は、被害者は森村和彦もりむらかずひこ、当時四十三歳、タクシー運転手。施工管理技士だった二年前、妻と娘と息子に対する暴行障害容疑で逮捕された。だが、妻が被害届を出さず、子供たちは養護施設に預けられ、不起訴になった」

 大樹が何度も頷いたところで、米田刑事と青山刑事が入って来た。


「これは、これは、我らがヒー……」

「班長!」

 由衣が米田刑事を睨みつけ、青山刑事が慌てて遮った。

 苦笑しながら見ていた康太が、大樹に顔を向けた。

「大樹君、それで」

「今は確信を持てないので、これから申し上げることをご承知いただければ、はっきりすると思います」

 大樹が言い終えると同時にドアのノックオンが聞こえた。

「どうぞ」

 と、康太が声をかけると、女性事務員がドアを開けた。

「弁護士の名和先生をお連れしました」

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