第24話 山なみ 其の三 女装

 上田家へ帰る途中、由衣が唐突に口を開いた。

「もしかしたらさ。犯人は、”ぶつかりおじさん”かも」

 大樹は大きく首を捻る。

「それは何ですか?」

「駅の中とか、人混みの中で女性にわざとぶつかってくる中年男。若くて小柄な女性を狙う」

 美穂が不満げに口を出した。

「でも、朝早く土手道で起きた事件よ。人がいないじゃん」

「目撃されにくいのは一緒よ」

「今、聞いた限り、”ぶつかりおじさん”は、体格や体力にコンプレックスを持ち、自分より弱い者を制して満足感を得る人です」

「きっと、そうね」

「もう一つ、”ぶつかりおじさん”は恨みに囚われやすい性格だと思います。大館さんにぶつかろうとして失敗したのかも知れません」

「そっか! 新宿駅で大館さんがうまくかわし、”ぶつかりおじさん”は転がって見ていた人達に笑われて逆恨みした」

 由衣と大樹の大胆な予測に、美穂は首を傾げる。

「それって飛躍し過ぎじゃない?」


 空家から逃走したかも知れないバイクを目撃した子供がいると、康太から捜査本部に伝わった。ナンバープレートは白地に緑の三角があったとの子供の証言から、バイクは50CC、緑の三角は高野山と思われ、バイクは八王子ナンバーの可能性が高い。

 そのようなバイクが安曇野を走っているのは稀である。捜査本部は色めき立ち、急ぎ防犯カメラの確認と目撃情報の収集を進めた。だが、今のところ、有力な情報は得られていない。


「僕も着なきゃダメですか?」

「うん、昨日、美穂がやってダメだった。お兄ちゃんによると大館さんは165センチ、美穂は160センチ、次は大館さんより大きい女性を狙うんじゃない。より充足感を得るためにさ」

「なら、今日は由衣もやるんだから、それでいいでしょ」

「”ぶつかりおじさん”は、大男かも知れないし」

「でも、ここは新宿駅より人がずっと少ないから、やらないと思う」

「新宿駅じゃ広過ぎてどこでやったらいいか見当もつかない、ここだって二人じゃ足りないんだから」

 八王子駅の構内で由衣と大樹は、着るの着ないのと言い争いをしている。由衣は、大柄な美穂の兄嫁さんから借りたド派手なムームーを、大樹に着せようとしているのだ。


 康太から情報を聞き出した由衣は、”ぶつかりおじさん”は八王子在住と踏み、罠を仕掛けようと目論んだ。

 帰宅時、乗客は高尾方面の3・4番ホームで降り、流れに乗って階段かエスカレーターを使って改札へ向かう。流れに逆らわずに端を逆方向に遠慮勝ちに歩けば、”ぶつかりおじさん”は突っかかって来るだろう。ぶつかって来ると覚悟を決めていれば、かわすのは容易だ。

 昨日は、一番大きな流れで、美穂がターゲットになり、由衣が撮影し、大樹が美穂の保護、余裕があれば、”ぶつかりおじさん”を確保するプランだった。しかし、”ぶつかりおじさん”は現れなかった。

 今日は、撮影と、”ぶつかりおじさん”の確保は諦め、三人がそれぞれ別の流れで仕掛け、しっかり顔を覚えるプランに変更した。


「そろそろ時間よ。そこの多目的トイレで着替えて」

 由衣は、ムームーと靴が入った紙袋を大樹に押し付けた。

 トイレから出て来た大樹に、由衣はリボンの付いた麦わら帽子を被せた。

 由衣と美穂は同時に声を上げた。

「カワイイー!」

「ムームーだから体の線は見えないし、脚はうぶ毛だし、ヒマワリの模様が目立ってペッタンコの靴で、そんなに大きく見えない。近頃、背の高い女性は珍しくないし」

 美穂が感想を述べると、由衣は頷いた。

「うん、あたしの思った通り」

 大樹は、ふくれっ面を下に向け、しきりに裾を下に引っ張っていた。

「キャハハハ! 裾からトランクスが見えるじゃん」

 美穂が突っ込み、由衣は文句をつけた。

「そんなのはいてきちゃダメでしょっ!」

「由衣、パンツ脱いで貸してあげなよ」

 美穂がニヤニヤしながら言い放つと、由衣と大樹は同時に声を上げた。

「イヤです!」


 帰宅時間のピークになり、改札に向かう人々の流れが出来た。三人が打ち合わせた通りに行動すると、予想に反して美穂に小柄な男が突進してきた。美穂がさっと避けると、男はたたらを踏む。そこへ四人の大柄な男が取り囲んだ。騒ぎ声が聞こえて由衣と大樹は、現場の囲む人々の中に分け入った。

 両脇を拘束された男の前に立った男が、低い声を掛けた。

「暴行容疑で逮捕します」

「やべっ!」由衣が洩らす。

 拘束された男の背後に康太がいたのだ。

 ”ぶつかりおじさん”は康太のプロファイリングで挙がった候補の一つ。由衣が大館さんの身長を聞いてきたので、康太は由衣らの企みに気づいた。

 昨日、三人で出かけたので、長野県警の捜査員に尾行させた。松本駅で乗車して八王子駅で降り、駅の外に出ずに構内をブラブラしているとの報告を受け、康太は由衣らが罠を仕掛けていると確信した。

 今日も三人が出かけたので、八王子駅に長野県警の捜査員らと急行し、警視庁に協力を依頼して八王子駅周辺の警戒に当たらせたのである。


 由衣ら三人は警察車両に乗せられて、松本に向かった。

「勝手なことするな! バカたれ!」

 松本署の一室で、康太が三人を前にして大声で叱責した。

「お兄ちゃん、何であそこにいたのよ」

 由衣が質すと、康太は苦笑した。

「クッ! 俺を誰だと思っている。お前らの魂胆はとうにお見通しだ」

「でも、犯人を捕まえられたじゃん」

「奴は違う。ただの”ぶつかりおじさん”だ」

 由衣と美穂は顔を見合わせ、ため息を吐いた。

 美穂に突進してきた男には逮捕歴があった。昨年、東京駅で二十二歳の女性にわざとぶつかり、転倒させて右腕に全治一週間の怪我をさせた。周囲の人達に取り押さえられ、駆け付けた警察官に逮捕された。

 男は被害者に謝罪し、治療費と慰謝料を支払うことで示談が成立し、初犯なので不起訴処分になった。事件当日は、定時に会社に出勤しており、アリバイは完璧だった。


 大樹がムームーの両肩紐をチョコチョコ引きながら、康太に顔を向けた。

「あのー…… これ脱いでいいですかー?」

 康太は首を振った。

「いや、これから写真を撮って捜査記録に載せるからダメだ」

「えぇぇーっ!」

「ブブーッ!」

 泣きそうな顔になった大樹を見て、同席していた刑事が吹き出した。

 冗談である。康太も人が悪い。

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