第23話 山なみ 其の二 動く光

 和也が救命措置をした女性は、大館恵梨香おおだてえりか、二十九歳、職業イラストレーター、仕事は何処でも出来るとのことで、先月、東京の立川市から長野県安曇野市に越して来た。

 彼女は病院で救命処置をするも回復せず、残念ながら二十二時間後に死亡した。死因は頭部強打による脳挫傷だった。

 彼女のウインドブレーカーの胸部に彼女以外の指紋が一種類見付かり、和也の指紋と、かろうじて一致した。大館さんをわざと土手から落とした容疑で、長野県警は和也に再度任意同行を求めたのだ。

 取調で和也は、女性は呼吸が不規則で危険な状態だったので、胸部圧迫をした。指紋はそのときに付いたものだと主張した。

 指紋は胸骨の上以外から発見されなかった。科捜研が分析した結果、圧力のかかり方が不鮮明で、救命処置したのか押しのけたのか、判別不能だった。

 翌日、和也は相当処分で送検された。有力な証拠も目撃情報もなく、結局、県警は検察に判断を委ねた。

 

 その夜、由衣と大樹と美穂は民宿の食堂で話し合った。

「和也は助けようとしただけなのに……」

 美穂は涙をこぼした。

「大丈夫よ。和也がそんなことするわけないから、きっと疑いは晴れる」

 由衣は美穂の背を摩り、大樹は強い言葉を放った。

「女性を突き落とした者を探し出します」

「どうやって?」

「明日の朝、現場に行きます」

「大樹ならきっと何かを見つけてくれる。お兄ちゃんに来てもらうわ」


 翌朝、由衣と大樹と美穂は歩いて事件現場に向かった。大館らが先日駆け付けた同じ場所に、ほぼ同じ時刻の六時五十分に到着した。そこは、南北に流れる小川の東側の土手の上で、規制は解除されていた。

 現場近くの県道の路肩に停まっている車から、康太が降りてきた。

「上田美穂さんですね。由衣から話を聞きました」

「よろしくお願いします」

 今にも泣き出しそうな美穂が頭を下げると、康太はやや口角を上げた。

「大丈夫、きっと疑いは晴れる。じゃあ大樹君、頼む」

 大樹は三百六十度見回し、西側の三十メートル程先、キャベツ畑に囲まれた小高い所に建つ古民家に目を留め、美穂に尋ねた。

「あの家は誰か住んでいますか?」

「小学校が一緒だった男の子の一家が住んでた。借家だけど、中学に上がるとき、引っ越しちゃって、今は借り手がなくて、たぶん空き家よ」

 大樹が空家に向かって走り出し、三人は首を傾げるも後を追った。

 

 東向きの窓から中を覗いている大樹に、由衣が声を掛けた。

「何してるの?」

「事件の日、僕達が到着したとき、誰かがこの窓から現場を見ていたと思う」

「どうしてそう思うの?」

「あの時、この窓から微かに動く光が見えたけど、今は見えない」

「窓ガラスに反射したのでは?」

「今朝は光が動いてない。今日のは単なる散乱光です」

「だとしても誰が何のために? 空き家に侵入してまでさ」

 康太がニンマリと笑みをこぼす。

「犯人なら、犯行後の状況を確認したいだろう。なにか見つかるかもな」

 

 康太は、長野県警本部に向かった。捜査一課長に会い、空き家に鑑識の投入を要請した。県警は捜査が難航して確証が掴めず、結局、地検の判断に委ねた。一課長は、自身の判断ということで指示を出した。

 空き家の捜索が行われ、鑑識が北側の窓の格子を外して侵入した痕跡と、比較的新しい下足痕を発見した。だが、痕跡は犯人のものと断定できないとし、検察は空き家に侵入した人物の特定等、捜査継続と証拠収集を要求し、和也は解放されなかった。


 上田家の民宿の食堂、由衣は、大樹と美穂の期待に応え、康太に要求した。

「お兄ちゃん、犯人をプロファイリングして」

「まず考えられるのは、大館さんに強い恨みを持っている者だな」

「じゃあ、早く調べて」

「簡単に言うなよ。彼女は先月まで立川に住み、週一で新宿の取引先に出向いていた。仕事関係、友人、知人、引っ越し前後のご近所など、聞き込みしなきゃ」

「早くやって」

「それは県警が既にやっている。もっと情報が欲しい」

「事件の日、空き家から立ち去るバイクの映像が頭の中に残っていました」

 大樹がポツリと洩らすと、康太は畳み掛けた。

「どんなバイクだ? ナンバーは? どんな奴が乗っていた?」

「小さなバイク、ナンバーは見えなかった、たぶん男、遠くだったから」

「それだけでも貴重な情報だ。その辺の聞き込みを徹底させる。ありがとう」

 康太は食堂を出て行き、車で捜査本部に向かった。

「もう一度、空き家に行きたい。バイクの情報があれだけでは心苦しいです」

 大樹が立ち上がった。


 空き家に面した道路は一本だけ。大樹のいう方向に五百メートルほど行くと県道に合流した。百メートル程手前、道端に比較的新しい花が供えてあった。

 大樹は足を止めて食い入るように見詰め、由衣は、通りかかった農家のオバサンらしき女性に声を掛けた。

「この花は何かあったのですか?」

「これねー! この前、宗田さんちの犬がここで死んだの。散歩に連れてった孫が、バイクに引っ掻けられたと、泣きながら話したって」

「どんな犬でしょうか?」

「メスの柴犬、十六歳の老犬だけど、最後がこれじゃあ、かわいそ過ぎる」

「この前って、いつですか?」

「若い女性が土手の下に倒れていた事件があったでしょ。救急車やらパトカーやらが、県道に集まっていたときよ」

 三人が花束に向かって手を合わせた後、由衣は携帯を出した。

「お兄ちゃん、例のバイクを宗田さんという人の孫が見たかも知れない」

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