第23話 山なみ 其の二 動く光
和也が救命措置をした女性は、
彼女は病院で救命処置をするも回復せず、残念ながら二十二時間後に死亡した。死因は頭部強打による脳挫傷だった。
彼女のウインドブレーカーの胸部に彼女以外の指紋が一種類見付かり、和也の指紋と、かろうじて一致した。大館さんをわざと土手から落とした容疑で、長野県警は和也に再度任意同行を求めたのだ。
取調で和也は、女性は呼吸が不規則で危険な状態だったので、胸部圧迫をした。指紋はそのときに付いたものだと主張した。
指紋は胸骨の上以外から発見されなかった。科捜研が分析した結果、圧力のかかり方が不鮮明で、救命処置したのか押しのけたのか、判別不能だった。
翌日、和也は相当処分で送検された。有力な証拠も目撃情報もなく、結局、県警は検察に判断を委ねた。
その夜、由衣と大樹と美穂は民宿の食堂で話し合った。
「和也は助けようとしただけなのに……」
美穂は涙をこぼした。
「大丈夫よ。和也がそんなことするわけないから、きっと疑いは晴れる」
由衣は美穂の背を摩り、大樹は強い言葉を放った。
「女性を突き落とした者を探し出します」
「どうやって?」
「明日の朝、現場に行きます」
「大樹ならきっと何かを見つけてくれる。お兄ちゃんに来てもらうわ」
翌朝、由衣と大樹と美穂は歩いて事件現場に向かった。大館らが先日駆け付けた同じ場所に、ほぼ同じ時刻の六時五十分に到着した。そこは、南北に流れる小川の東側の土手の上で、規制は解除されていた。
現場近くの県道の路肩に停まっている車から、康太が降りてきた。
「上田美穂さんですね。由衣から話を聞きました」
「よろしくお願いします」
今にも泣き出しそうな美穂が頭を下げると、康太はやや口角を上げた。
「大丈夫、きっと疑いは晴れる。じゃあ大樹君、頼む」
大樹は三百六十度見回し、西側の三十メートル程先、キャベツ畑に囲まれた小高い所に建つ古民家に目を留め、美穂に尋ねた。
「あの家は誰か住んでいますか?」
「小学校が一緒だった男の子の一家が住んでた。借家だけど、中学に上がるとき、引っ越しちゃって、今は借り手がなくて、たぶん空き家よ」
大樹が空家に向かって走り出し、三人は首を傾げるも後を追った。
東向きの窓から中を覗いている大樹に、由衣が声を掛けた。
「何してるの?」
「事件の日、僕達が到着したとき、誰かがこの窓から現場を見ていたと思う」
「どうしてそう思うの?」
「あの時、この窓から微かに動く光が見えたけど、今は見えない」
「窓ガラスに反射したのでは?」
「今朝は光が動いてない。今日のは単なる散乱光です」
「だとしても誰が何のために? 空き家に侵入してまでさ」
康太がニンマリと笑みをこぼす。
「犯人なら、犯行後の状況を確認したいだろう。なにか見つかるかもな」
康太は、長野県警本部に向かった。捜査一課長に会い、空き家に鑑識の投入を要請した。県警は捜査が難航して確証が掴めず、結局、地検の判断に委ねた。一課長は、自身の判断ということで指示を出した。
空き家の捜索が行われ、鑑識が北側の窓の格子を外して侵入した痕跡と、比較的新しい下足痕を発見した。だが、痕跡は犯人のものと断定できないとし、検察は空き家に侵入した人物の特定等、捜査継続と証拠収集を要求し、和也は解放されなかった。
上田家の民宿の食堂、由衣は、大樹と美穂の期待に応え、康太に要求した。
「お兄ちゃん、犯人をプロファイリングして」
「まず考えられるのは、大館さんに強い恨みを持っている者だな」
「じゃあ、早く調べて」
「簡単に言うなよ。彼女は先月まで立川に住み、週一で新宿の取引先に出向いていた。仕事関係、友人、知人、引っ越し前後のご近所など、聞き込みしなきゃ」
「早くやって」
「それは県警が既にやっている。もっと情報が欲しい」
「事件の日、空き家から立ち去るバイクの映像が頭の中に残っていました」
大樹がポツリと洩らすと、康太は畳み掛けた。
「どんなバイクだ? ナンバーは? どんな奴が乗っていた?」
「小さなバイク、ナンバーは見えなかった、たぶん男、遠くだったから」
「それだけでも貴重な情報だ。その辺の聞き込みを徹底させる。ありがとう」
康太は食堂を出て行き、車で捜査本部に向かった。
「もう一度、空き家に行きたい。バイクの情報があれだけでは心苦しいです」
大樹が立ち上がった。
空き家に面した道路は一本だけ。大樹のいう方向に五百メートルほど行くと県道に合流した。百メートル程手前、道端に比較的新しい花が供えてあった。
大樹は足を止めて食い入るように見詰め、由衣は、通りかかった農家のオバサンらしき女性に声を掛けた。
「この花は何かあったのですか?」
「これねー! この前、宗田さんちの犬がここで死んだの。散歩に連れてった孫が、バイクに引っ掻けられたと、泣きながら話したって」
「どんな犬でしょうか?」
「メスの柴犬、十六歳の老犬だけど、最後がこれじゃあ、かわいそ過ぎる」
「この前って、いつですか?」
「若い女性が土手の下に倒れていた事件があったでしょ。救急車やらパトカーやらが、県道に集まっていたときよ」
三人が花束に向かって手を合わせた後、由衣は携帯を出した。
「お兄ちゃん、例のバイクを宗田さんという人の孫が見たかも知れない」
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