第22話 山なみ 其の一 田舎娘

「福光、明日の朝、ジョギング行かねえか? いい景色の中で気持ちいいぞ」

 橋田和也が大樹を誘った。

「無理です」

 大樹があっさり断ると、由衣が大笑いした。 

「アハハハハ、大樹が行くわけないじゃん。休日は昼近くまで寝てるんだから」

「サヴァンって頭を酷使するからか? お前、居眠りばかりしているもんな」

「試験も早々に席を立って、廊下の長椅子に寝てるし。やっぱりそうよ」

 上田美穂も同意すると、大樹は否定した。

「それは違います。サヴァンとは無関係で人によります」

 四人は美穂の実家が経営する民宿の食堂で、食後のひと時を過ごしている。農閑期限定経営なので四人以外は誰もいない。

 今朝、和也が由衣と大樹を車で迎えに来て、中央高速で美穂の実家に向かった。三人は松本城などを観光した後、夕食を済ませ、午後九時過ぎに安曇野市にある美穂の実家に着いた。

 美穂の実家には、祖父母、両親、兄夫婦と二人の子供と姉がおり、合計十人の大家族だ。祖父母、両親、兄夫婦で農業を営み、姉は長野県庁の職員。農作物は米、麦、キャベツや白菜など、大規模多角経営で農繁期は大変な忙しさだ。

 大樹ら三人は手土産を持って来たが、ただで泊まらして貰うのは申し訳なく、夏野菜収穫の手伝いを申し出た。だが、機械化しているのでよいとのこと。さらに自炊のつもりが、美穂の母親が夜食を持って来てくれた。

 

「ねえねえ、大樹、起きて起きて」

 翌朝の六時半、大樹と和也の部屋に入ってきた由衣は、大樹の肩を揺さぶり、無理やり起こした。

 大樹は目をこすりながら由衣を見上げた。

「んー?」

「早く支度して」

 大樹が急ぎ着替えている間、由衣は説明した。

「和也から女の人が倒れているって連絡があったの」

 由衣と美穂が朝食の支度をしているとき、美穂の携帯が鳴ったのだ。

「で、救急車は既に呼んだって」

 大樹ら三人は上田家の車で、和也が送ってきた地図が示す現場に向かった。


 三人が現場に着いたとき、土手下の河原で救急隊員が女性を担架に乗せ、和也が傍に立っている光景が見えた。土手道は細くて車は入れず、救急車とパトカーは土手道と県道が交差する橋のたもと近くの路肩に駐車しており、警察が土手道への侵入を規制していた。

 女性を乗せた救急車は現場を離れて行き、警察の現場検証が始まった。和也に刑事が事情聴取を始めた。三人は近くには行けなかった。

 由衣と大樹と美穂の傍に刑事が来た。

「君達は、通報した橋田君の友人だね。話を聞かせてください」

 住所・氏名・年齢、和也の民宿を出た時間などを聞かれた後、由衣が刑事に釘を刺した。

「橋田君を疑ってるなら見当違いです。彼は、無視一匹殺せない性格です」

 しかし、和也は任意同行を求められ、警察の車でその場を立ち去った。


 当日午後、美穂の携帯が鳴った。和也から聴取が終わって警察署を出たとのこと。由衣と大樹と美穂は車で警察署に向かった。

 待っていた和也が後部座席に乗り込むと、美穂が質した。

「どうだった?」

「うん、あの土手道を走っていると、土手の下に女性が倒れているのが目に入った。声を掛けても反応が無く、脈と呼吸が不規則だった。スマホをスピーカーにして通報しながら胸部圧迫を始めた。しばらく続けていたら救急車とパトカーが到着した。事情聴取では、名前・年齢・住所・職業、ここに来た理由、旅行の日程、滞在先、同伴者の氏名・年齢・職業、民宿を出発した時刻、発見時の女性の状態、発見に至った経緯、時刻、走った経路、途中で見た人の人相、風体、場所と時刻、女性との面識の有無、救急が到着するまで何をしたかなど何度も聞かれた。指紋を取られ、録画されていたと思う」

「酷―い! 犯人扱いじゃない!」

「救助したのにまったくー!」

 美穂と由衣は憤懣やるかたない様子だ。


 その夜、由衣ら三人は、上田一家全員と夕食を共にした。事実上の宴会である。酒やノンアルの飲み物が酌み交わされ、笑いと話し声が絶え間なく放たれ、由衣も和也も打ち解けて輪の中に入る。

 大樹も入りたいと思っていると、美穂の姉がきっかけを作ってくれた。

「福光君と高見沢さんの仲はさー」

 言い終える前に美穂が割り込んだ。

「お姉ちゃん、見たら分かるでしょ。お似合いよね」

「そうかと思ったわ。じゃあ、あなたと橋田君の仲はー?」

 今度は由衣が答えた。

「お姉さん、見たらお分かりになりますよね。とってもお似合いです」

 美穂の兄が何度も頷いて吹きまくった。

「嬉しいねー! 橋田君、こんなコテコテの田舎娘で申し訳ないが、それなりによいところもあるし。何より今まで男っ気がまったくなく…… ん? 冷てえぇぇー!」

 後ろに回った美穂が頭にコップの水を垂らしたのだ。

 美穂が自分の席に戻ったところで、大樹が余計なことを口にした。

「問題ないです。橋田君は、美穂さんの田舎っぽいところが大好きなんです」

「大樹、いくらほんとのことでも、それは口に出しちゃダメでしょ! あっ!」

 日頃の二人の様子を目にしていた由衣と大樹は、前々から感じ取っていた。

「アハハハハハハハ」

 二人の声は高く響き、上田家の茶の間は爆笑の渦に包まれた。

「いや、そのあの…… だからさ」

「大樹君、それちょっと酷い。由衣も」

 ずばり本心をつかれドギマギする和也、頬を赤く染めながらも立腹する美穂、二人は由衣と大樹を睨んだ。


 翌日、四人は、わさび農場でわさびソフトクリーム等、わさびグルメを堪能したり、穂高神社にお参りしたり、上高地に行き、穂高連峰を間近に望みつつ散策したり、温泉に入ったり、快適な一日を過ごした。

 今日は足を延ばし、美ヶ原から軽井沢へ行く。朝食を済ませたところで、警察の車両が二台、上田家の門前に着いた。

 和也が再び任意同行を求められた。

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