第20話 夏空 其の三 BB弾

 高見沢家のリビング、寛太を抱きソファーでくつろぐ由衣がふと洩らした。

「ねえ、寛太のこの辺、深くて分かりにくいけど、何か固いものがあるの」

 由衣の指が示す寛太の右脇腹を、隣に座る大樹が触った。

「ほんとだ! 指を押し込むと、小さくて丸いものがある。傷跡もある」

「何だろうね? 悪い病気じゃないよね?」

「変な病気じゃなくて異物のような感じ。もしかしてBB弾かも」

「何それ?」

「サバイバルゲームなどで使うエアガンの弾」

「えっ! じゃあ、寛太はエアガンで撃たれたの?」

「BB弾だとしたらね。でもかなり前だと思う」

「いつ頃だろう?」

「寛太は、口元の白い毛が目立つでしょ」

「うん、これ気になるよね。無い方がカワイイ」

 由衣は寛太の口元の白毛のところを触った。

「英真君が描いた絵に、ωオメガマークに白い点がある小さな円があった。絵はエアガンで撃たれているネコ達で、寛太もその中にいたかも」

「えーっ! かわいそう…… あっ! 佐藤さんが散歩中に子ネコを拾ったって言ってた。そのネコが寛太よ。確か、あたしが小六の夏休み直前」

「時期も一致するね」

「ともかく確かめなくちゃ。お兄ちゃんに連絡する」


 由衣と大樹は迎えに来た米田刑事と青山刑事の車に同乗した。キャリーバック中で寛太はニャーニャー鳴いている。寛太は動物病院に連れて行かれると感づいていた。車は毒入り団子事件で、警察が猫の解剖を依頼した動物病院に向かった。

「米田さん、まだBB弾かどうか分からないですよ」

 由衣が前の助手席に座る米田刑事に声をかけた。

「いいんだ、いいんだ。俺達は桧山がやったと睨んでいるが、奴はしっぽを出さないし、証拠もない。原点に戻って地道に捜査し直せとか言っている一課長の鼻を明かせるかも知れん。やっぱり福光さんは俺達のヒーローだなー」

 由衣は文句をつけた。

「何度言ったらわかるのですか! 大樹はあなた方のお仲間じゃないです!」

「高見沢さん、済みません」

 運転席の青山刑事は米田刑事に苦言を呈した。

「班長! 一度ならず二度までも。”鶏は三歩あるくと忘れる”ですよ」

「はあー…… お前も、生意気な口をきくようになったなー」


 獣医師の先生が寛太のレントゲン写真を皆に見せてくれた。

「確かにここに丸い玉がありますな。それもけっこう深いところに」

 後から駆け付けた康太が声をかけた。

「では先生、さっそくお願いします」

「大樹、あたしはここ出る。見てらんないし」

「僕はいる。寛太が不安になって鳴くから」

 寛太は麻酔をされ、大樹、康太、米田刑事、青山刑事が見守り、鑑識が手術動画を撮影する中、脇腹の毛が剃られた。そこには大きな傷跡があり、ダメージが大きかったことを示していた。消毒後、メスが入り、丸い玉が摘出されてトレイに置かれた。予想通りBB弾だった。


 科捜研にBB弾、レントゲン写真、手術中の動画が送られた。結果、発射後の距離が一メートル以上であれば、銃刀法規制対象の準空気銃の可能性が高いとの報告が得られた。

 捜査本部は、突破口を開くために、まずは銃刀法違反容疑と動物愛護法違反容疑で裁判所に桧山家の家宅捜索を申請する準備に取り掛かった。

 大樹が英真君の絵を説明する動画を撮り、埼玉医療大学の脳神経内科・医学博士の武藤教授に見せ、サヴァン症候群特有の観察力・理解力に対する所見を得た。

 申請書には、寛太のBB弾摘出手術に対する科捜研の報告書、英真君の絵の写真、大樹が絵を説明する動画、現在の寛太の写真、絵の中の寛太と見られる部分の写真、大樹の絵の分析に対する武藤教授の正当性を示す意見書、康太が推定した家屋の要件が添えられた。

 証拠隠滅の恐れがあり、裁判所は翌日に家宅捜索許可証を発行し、捜査員と鑑識官らが、桧山家の家宅捜査を行った。

 桧山家の裏庭が掘り起こされ、大小二体の猫の白骨が発見された。さらに陶芸工房の床下が掘り起こされ、推定十歳から十二歳の子供の左子指の白骨、同所から推定生後三か月のネコの尾骨の一部、直径六ミリのBB弾二個が発見された。

 子供の左子指の白骨は英真君の白骨と、子猫の尾骨は英真君の白骨と共に回収した子猫の白骨と、それぞれDNAが一致した。また、成体の猫の白骨と三体の子猫の白骨は、DNA検査から親子と判明した。

 

 死体遺棄、銃刀法違反、動物愛護法違反、以上の容疑で桧山夫妻と裕也は任意同行を求められた。 

 桧山夫妻は以下のように供述した。

 一昨年の五月中頃、一緒に家に帰ったら、祐也が増築予定の裏庭を掘り起こしていた。傍に行ったら子供の骨だった。

 四年前、勝手に庭に侵入した子供にエアガンが当たって死んてしまったと話した。バレたら一生ろくな仕事に就けないと言って泣いた。子供の骨は、二年前、行方不明になった刈谷英真君だと気づいた。大事な息子が一生棒に振るのが堪え難く警察に届けず、夜中に教習所裏手の雑木林に埋めた。

 また、祐也は以下のように供述した。

 庭で猫の親子をエアガンで撃ったら死んでしまい、勝手に侵入した子供にも当たってしまった。裏庭の一ヶ所に猫の親子、もう一か所に子供と子猫を埋めた。エアガンはバラバラにして不燃ゴミで処分した。子供を埋めた場所が陶芸工房になると聞いて、掘り起こしていたら両親に見つかってしまった。

 祐也の供述は、英真君死亡の経緯とエアガンの入手経路について曖昧ところがあった。拘留期限が迫り、埼玉県警は真相究明を検察に任せることにし、相当処分で桧山親子を送検した。

 

 大樹のアパートで康太は、桧山親子の供述内容を由衣と大樹に語った。

「桧山裕也は真相に隠している」

 と最後に洩らすと、大樹は少し首を傾げ、頬がやや赤く染まった。

「英真君の絵では、お母さんを表す円は、左右に小さな膨らみがあり、お父さんと自分の絵には、下の方にポチっと出っ張りがあります。英真君が最後に描いた絵では、左右が膨れたいびつな多角形から、鋭い三角形がネコの方に向かっています。エアガンを撃っていたのは、女性だと思います」

 聞きいっていた由衣が、取り澄ました顔を康太に向けた。

「お兄ちゃん、今の話、他の人に話すときは、ごまかしてね」

「ん! オッパイとチンコを連想するからか?」

 由衣は、康太の向こうずねを蹴った。

「イテッ!」

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