第19話 夏空 其の二 最後の絵
英真君の母親と妹と弟が見守る中、由衣と大樹は、遺影の前にラムネ菓子が供えられた祭壇に手を合わせた。英真君の仮葬儀は済み、本葬儀は遺骨が警察から返還されてから行うとのこと。
由衣は英真君をよくサポートし、クラスの皆にも彼の扱い方を教えていた。
由衣には苦い思い出がある。小学校五年になったばかりの頃、初対面の英真君が人の良さそうな感じを受けたので、つい茶化してしまった。案の定、英真君は奇声を上げて校庭に飛び出て、連れ戻そうとする先生から逃げ回った。
以来、由衣は注意深く人の言動を観察して見る目を養い、そのような失敗は二度と犯さなかった。
英真君の部屋の壁には十数枚の絵が飾ってあった。さらに十数冊のスケッチブックが本棚にきちんと並べられ、各ページには色鉛筆やクレパスで描かれた絵、机の上には絵の具を使った描きかけの絵、部屋の隅の段ボール箱にはぎっしりと詰まった描き貯めた絵があった。風景画、家族、飼い猫の絵の他、円、三角、細かい点、ジグザクの線などの図形から成る抽象的な絵も多くあった。
大樹は一通り目を通したあと、あっちこっち何かを探し回った。
「何を探しているの?」
由衣が質すと、大樹は机の中や本棚の本の間などを覗きながら答えた。
「英真君が最後に描いた絵です」
「机の上の描きかけのじゃない?」
「それは梅雨明け前の風景画だから違うと思います。…… あっ! もしかして」
大樹は壁にかかった失跡当時のままのカレンダーをめくって裏側を見た。
「あった!」
それは失跡する前月、六月のカレンダーの裏側にクレパスで描かれていた。
「なにこれ?」
由衣が首を捻り、大樹の様子を見ていた康太と青山刑事が覗き込んだ。
それは何とも奇妙な絵であった。大小の歪んだ円が、白、黒、茶など強いコントラストで繰り返し描かれている。また、鋭い三角形が各円に迫り、各円は雷のようなジグザクの線を放出している。全体的にはバランスを欠き、混乱した様子が感じられた。
大樹は最後に描かれと思われるこの絵と、他の全てを数秒間眺めた。
「福光さん、必要なもの借りていきますか?」
「はい」
自宅アパート、テーブルに着き腕を組んで目を閉じている大樹。眠っているように見えるが、英真君が絵に込めたメッセージを必死に解き明かそうとしている。借りてきた絵は一度も見ていない。既に頭の中に焼き付いてた。
由衣は頰杖をついて大樹を眺めている。ちょっかいを出したくてウズウズしているが、何をしているか判っているので我慢せざるを得ない。
大樹のパッと目を開いた。
「解けました」
「やったー!」
由衣は声を張り上げ、大樹に抱きつく。
捜査本部のある大宮警察署の一室、由衣、康太、米田刑事、青山刑事他捜査員は期待に胸を膨らませ、目を輝かせて少々前のめりの姿勢。
大樹が、英真君が最後に描いた絵と他五枚の絵をテーブルに並べ、各絵の各所を指し示しながら説明した。
「たくさんの英真君の絵を分析すると、色々なことが判りました。英真君の絵は、人、動物、光景など、図形に置き換えて描くことが多いです。好ましい対象は円に、嫌いな対象は三角形など角がある図形に置き換えています。写実的な家族の絵と比較すると、円は、ご両親、妹さんと弟さん、飼いネコが主です。円の形が歪んでいる場合は、泣いていたり、怒っていたり、そういった良くない状態を表現しています。多くの歪んだ茶や白黒の大小の円は、おそらくネコです。絵の全体を囲む黒い枠線は、閉じ込められていることを表現しています。鋭い三角形は何か危険なものを象徴しており、ジグザグの線は叫び声を表しています。各円の所々の赤い点は、たぶん血です」
「英真君はネコの虐待を見たってことか?」
康太が質すと、大樹は深く頷いた。
「はい、状況はおそらくこうです。閉め切った部屋に数匹のネコが閉じ込められ、何らかの凶器で攻撃されて鳴き叫びながら逃げ回っている」
「英真君はそれを目撃したんですね!」
青山刑事は得心して何度も頷き、由衣が声を張り上げた。
「えーっ! 酷過ぎる!」
「そこは、塀や垣根がないなど容易に侵入でき、ピアノ等を演奏する為に防音された部屋のある英真君の通学路沿いの一軒家だろう。猫の鳴き声は臨家や通りからは聞こえないが、聴力の優れた英真君には聞こえて窓から覗いた」
青山刑事がテーブルを叩く。
「そうだ! 英真君の遺骨に混じって子ネコの骨が一体ありました。英真君は ネコを助ける為にその家に侵入した。しかし、見つかってしまい、英真君はネコと一緒に……」
「よし! 行くぞ!」
米田刑事と青山刑事、他捜査員が同時に立ち上がった。
康太が推定した家はすぐには見つからなかった。だが、通学路付近の住民から貴重な情報が得られた。以前、ピアノ教室を開いていたが、二年前に教室は陶芸工房に改築された一軒家があるとの話である。
そこは、桧山夫妻と長男の
桧山夫妻はそれぞれ上場企業の会社員で重要なポストに就いている。英真君の失跡当時、二人とも多忙で帰宅は二十二時を回ることが多かった。
捜査本部は、当時高校一年だった裕也に任意同行を求めた。当時の祐也は高校生活になじめず学校を休んでばかりだった。
桧山裕也は英真の死亡について関わりを一切否定した。証拠も目撃証言も皆無で、捜査本部は祐也に対し、これ以上の聴取は断念した。
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