第16話 BとG 其の五 児童養護施設

 新宿署の一室、大樹は、防犯カメラに映る武村大輔と小笠原里緒を注意深く眺めた。

「二人の様子が気になります。男の子は遠くを見るような目付きで唇が震えています。女の子は、男の子を見詰め、ため息をつきました」

 康太は二人の事件への関わりを捨て切れず、捜査会議で頭を下げた。

「武村大輔と小笠原里緒の家庭環境と、大村との関わりを再度洗って欲しい。プロファイリングと、福光君の意見を踏まえてのお願いです」

 捜査本部は、二人の学校関係者と近隣住民の聞き込みを開始した。

 結果、それぞれ家庭に問題ありとの情報が得られた。里緒さんは母親の連れ子で父親と血縁はない。母親は夫より六歳年上。近所の人の話では、ときどき女の子の悲鳴が聞こえた。泣きながら家を飛び出す姿を二度見たとのこと。

 一方、大輔君の方は、7歳のとき実の両親が事故死、遠縁の現在の両親に引き取られた。しばしば義父母の怒鳴り声と少年の鳴き声を耳にすると隣家の人が語った。学校関係者からは、顔のアザを質したら「転んだ」と答えたとのこと。


 小笠原里緒は義父からの性的虐待、武村大輔は義両親から度重なる暴行と、それぞれ疑惑があり、二人は東京都八王子市の児童養護施設に一時的に保護された。

 女性捜査員が何度か訪れ、話を聞こうとしたが、二人は頑なに口を閉ざす。 

 康太から話を聞いた由衣は、大樹と一緒に二人に会いたいと言い出した。

 施設の一室に職員に案内されて由衣と大樹は入室し、席に着いて待つ里緒と大輔の前に腰を下ろした。

「こんにちは、今日はあなた達に人間カメラを見せに来たの」

「人間カメラ?」

「何それ?」

 二人が首を傾げると、由衣は大樹を促した。

「やって見せて」

「じゃあ、そこの本棚から好きな本を持って来てくれる?」

 二人はしばし本棚を眺め、それぞれ気に入った本を一冊ずつ持って来た。

「それでは、大輔君から。どのページでもいいから開いて一秒くらい見せて」

 大輔が開いたのは電気機関車の写真が載ったページだ。大輔が本を閉じると、大樹はスケッチブックに三十秒ほど色鉛筆を走らせ、テーブルに立てた。

 二人は本のページとスケッチブックを見比べた。

「スゲー! そっくり」

「すごーい! 説明文まで同じ」

「時間をかければ、もっと細かく描けるんだけどね」

 大樹がページを切り離して大輔に渡し、美緒に笑みを向けて小さく頷いた。

「次は、あたしね」

 美緒は、招き猫のように座っている茶トラの猫の写真を一秒ほど見せ、大樹は、また三十秒ほど色鉛筆を走らせた。

 二人は本の写真と見比べ、目が点になって口をポカンと開けた。


 里緒は大樹とじっと見て、小首を傾げた。

「お兄さんは、どうしてそんなことができるの?」

「最新の研究論文によると、大脳の神経接続の特殊性に起因するもので、シナプスが……」

 由衣は大樹の膝を軽く叩き、口を開いた 

「彼はね、サヴァン症候群といって脳の神経が普通の人と違うの。今みたいに見たものを映像で記憶しちゃうの。他にもいろいろ」

「へぇぇー! で、いろいろって?」

「ウソを見破っちゃうとか」

「えっ!」

 二人が顔を見合わせると、由衣はゆっくりと首を振った。

「あたし達は、ドラマの刑事みたいに鋭い質問して、(ウソつくなっ!)なんて怒鳴って机を叩かないから。彼の人間ウソ発見器は使わないし、あなた達を助けに来たのよ」 

「助けるって何をしてくれるの?」

「このままだとあなた達、家に戻されちゃうよ。それって嫌じゃないの? 所長さんが、来たことよりずっと明るくなったって。正直に話してくれれば大人になるまで居られるから」

 二人は頷き合い、里緒が由衣を見据えた。

「お姉さんを信じる。本当の話をします」

「録音していい?」

 大輔がニヤっと笑みをこぼす。

「いいよ。どうせお兄ちゃんは人間ボイスレコーダーなんでしょ?」

 

 由衣がそれぞれの家庭の事情を聞き、次のことが判明した。

 里緒は、義父にしばしば意味も無く抱き付かれたり、入浴中に勝手に侵入されたりと性的虐待を受けていた。夫より六歳上の母親は、義父との間に男の子が生まれて育児にかまけ、引け目も感じているのか見て見ぬ振り。

 一方、大輔は、義両親と義兄から傷跡が残らない程度に、叩かれたり、蹴られたりと、日常的に暴行を受けていた。 

 次に由衣は一枚の写真を二人の前に置いた。

「この男、知ってる? 貸別荘で死んだ人」

 大村の写真を見て二人は、ハッと息を飲んだ。

「大丈夫。この男は、重いエビアレルギーで死んだってわかってるから」

 二人は頷き合って、里緒が語り出した。

「学校の帰りに二人で別荘の近くを歩いてると、この男が脇道から現れた」

「うんうん」

「パンケーキ焼いたから一緒に食べないか?と誘われた。怪しそうなので断わったら、ツチブタが…… あっ!」

「アハハハ、そっくりよね。ツチブタでいいわよ」

「ツチブタが大輔君の首に腕を回して(一緒に来い! 言うとおりにしないと、こいつを絞め殺すぞ〉って言いました。別荘まで行って、そして……」

 里緒はここで顔を覆って泣き出した。

「話したくないことは話さなくていいのよ」

 

 由衣が里緒の後ろに回って肩を抱えると、大輔が喋り出した。

「続きは僕が…… 別荘のデッキでツチブタは里緒に(服を全部脱げ)って言った。里緒が脱いだらスマホで写真を撮った。ツチブタは次に里緒の首に腕を回し、僕にも(服を全部脱げって)と言って写真を撮られた」

 由衣は目を潤ませた。

「酷い!」 

「ツチブタはウッとうなって(逃げたら写真ばらまくぞ)と言い残して別荘の中に駆け込んだ。ウンコしに行ったと思う。服を着てるうちにツチブタがフラフラしながら戻ってきて目の前で倒れた。スマホを取ろうとしたら起き上がってきたので、二人で夢中になってデッキにあったモップと物干し竿であちこち叩いた。動かなくなったのでスマホを取って逃げた。スマホは石で叩き潰して捨てた」

 梅雨の季節で人がいるのは、大村が借りた広い別荘地の一番奥のE棟のみ。しかも、他の棟の陰で管理棟から見えず、多少の物音と音声は届かなかったのである。

 大村はその後、助けを呼ぼうと玄関からリビングの内線電話まで這って行き、そこで力尽きたのであろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る