第17話 BとG 其の六 トイレットペーパー
高見沢家のダイニング、康太と由衣と大樹の三人がテーブルを囲んでいる。
録音を聞き終えた康太は感想を洩らした。
「意識が飛んで行く中、写真を奪われまいと一時覚醒したか。大村らしい」
由衣は康太に鋭い視線を送った。
「二人は、このまま施設に居られるわよね?」
「大丈夫だ。アナフィラキシーショック発症に対して二人に責任はない。暴行も正当防衛が認められる。それより胃の内容物に甲殻類は検出されなかった。大きな謎が残ったままだなー……」
康太は腕を組んで天井を眺めていると、大樹はおずおずと口を開いた。
「あのー…… 気になることがあるのですけど」
「なんだい?」
「山辺の視線が防犯カメラに0.8秒向いていました」
「何それ? もっとわかりやすく話しなさいね」
由衣は大樹の口元をチョコチョコつつく。
「山辺はカメラの向きを確認していた。意図的にアリバイ作りをしたと思う」
「確かに山辺は怪しい。だが、今のところ証拠が見つからん」
「大村はウンコしたあとにアナフィラキシーショックを発症しました。これも気になります」
「そういや司法解剖の報告では、大村はイボ痔だったな」
「それって痛いですか?」
「そりゃそうだろう! イボ痔に糞が付いてシャワーで洗うときも、拭くときも。そうだ! トイレに散らばった糞からアレルゲンが検出できるかも」
「もうっ! あんたら二人でやってなさいよ! コンビニ行ってくる」
可憐な少女マンガの世界にのめり込んでいる由衣は、下世話な話は大嫌い。
由衣が部屋を出て行ったあと、大樹が声を上げた。
「アッ! 別荘のトイレの写真ありますか?」
「聞いてみよう」
康太は携帯を取った。
康太は鑑識から送って貰った別荘のトイレの写真数枚を、パソコンで大樹に見せた。
「トイレットペーパーが気になります」
大樹は一枚の写真に釘付けになった。
「ん? どこが?」
康太が首を傾げると、大樹は、マウスカーソルで指し示した
「予備のペーパーとは紙質が違います。使い掛けの方は柔らかそうです」
「痔持ちの大村は柔らかなペーパーを用意したのか?」
「(ウンコしたら血が出た)と言っていたので大村の痔は内痔核です。内痔核は排便時に脱肛することが多いです」
「そりゃ柔らかなペーパー欲しいわな」
「内痔核は出血しやすく吸収性が高いです。あと、使い掛けのペーパーは、端がスッキリしてなくて手で巻いたよう見えます……」
「お前ら、まだやっとるんかい!」
プリンを買って帰ってきた由衣は、大樹の頬をギュッとつねった。
「イテテテテテ」
大樹の悲鳴が響く中、康太はガッツポーズをした。
「そうか! 大村はエビ紛が仕込まれたペーパーを渡されたんだ!」
別荘のトイレからトイレットペーパーが押収され、科捜研で調べた結果、微量のエビ粉が検出された。
また山辺の自宅アパートに程近いドラッグストアの防犯カメラに、大村の死亡推定日の一週間前に山辺が映っていた。別荘で押収したトイレットペーパーと同一の商品が、当日の売り上げ記録にあり、山辺が店に来た時刻と重なった。
捜査本部は逮捕状を取り、山辺のアパートに向かった。山辺は姿なく、腕時計、サイフ、携帯、現金など身の回りの品々が消えていた。リヴィングの床から極微量のエビ紛が見つかった。山辺の全国指名手配の手続きが取られた。
二日後、事件は誰もが予想できない結末を迎えた。
帰宅途中、大樹のアパートの手前、右に曲がると高見沢家に着くT字路に差し掛かったとき、大樹は由衣をその場に止めた。
「ここにいて」
大樹が曲がり角まで来たとき、由衣と同じヘアースタイルの女装した男が、大樹に襲い掛かった。山辺唯斗である。
大樹は、奥襟を掴んで膝車で転がし、袈裟固めで山辺を抑え付けた。
驚いたことに、山辺は破顔し、口を尖らせて懸命に大樹にキスとしようと顔を近づける。大樹は泣きそうな顔で、逃すまいと手を緩めずに顔を背けた。
面白可笑しくも想像を絶する光景である。
由衣は二人に駆け寄って片手で電話しながら、もう片方の手のバックで、バシバシ山辺の頭を叩いた。しかし山辺には何の効果もなかった。
程なく由衣の次兄、康史が駆け付け、大樹に代わって山辺をうつ伏せに抑えつけ、持ってきたガムテープで両手足を拘束した。
やがてパトカーのサイレンの音が近づいてT字路に到着し、降りて来た警察官らが山辺を暴行容疑で現行犯逮捕した。
呆然として座り込む大樹を、由衣は覆い被さるように抱きかかえた。
捜査本部で取調べが行われ、山辺は次のように供述した。
大村がたくらんだ医学生カップル誘拐は、実はチャンスがあった。
午後五時四十分頃、男子学生のアパート近くのT字路付近は、大方の家は夕食の買い物が済み、勤め人は帰宅前で一時的に人通りが途絶える。特に雨脚が強いときは誰一人見ない。二人はちょうどその時間にそこを通る。
ワゴン車を二人の横で急停車させ、一人に二人で襲いかかり、素早く車に押し込めば成功する可能性は十分にあった。
大村はBだが僕はGで、男子学生に想いを寄せている。大村に凌辱されるのが堪えがたく、それを伝えなかった。
しかし、大村はまだ二人の誘拐を諦めていないので消すことにした。大村がせっかく借りたので別荘に行くと言った。大村は酷いエビアレルギーで痔持ちなのは知っていたから利用した。エビ粉を仕込んだ柔らかな高級トイレットペーパーを大村は喜んで受け取った。
僕は頭がいいんだ。でも大学に行くより、こっちの世界の方が性に合っている。このトリック見破ったのはあの医学生か?
ともかくドラッグストアで刑事らしい男を見かけ、僕に手が回るのは時間の問題。最後に想いを遂げよう。彼を待ち伏せして抱きついたが、あっと言う間に転がされて押さえ込まれた。だが、抱かれた心地で幸せだった。だから後悔はしてない。
由衣と大樹は、大樹の自宅アパートで康太に結末を聞かされた。
康太が出て行った後、由衣はニヤニヤしながら大樹を質した。
「ねえ、右のホッペが赤くなっているわよ。山辺の唇が触れたのでゴシゴシ洗ったんでしょ?」
ふてくされた顔を背けて返事をしない大樹に、由衣は抱き着いた。
「あたしが忘れさせてあげる」
由衣が赤くなった頬にキスをし、続いて唇に自分の唇を重ねると、大樹は由衣の背中にそろそろと手を回した。
二人は人生二度目のキスを交わした。
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