第14話 BとG 其の三 奇妙な死体

 梅雨入りして二週間、七月になった。

 大樹が食べたいと言った例の卵焼きは、由衣が、これまで三日に一度は母親から教わったり、調味料をいろいろ変えたりして食べさせた。だが、美味しいと口にするが、その様子から記憶に残る味とは明らかに違っていた。

 何かが足りないと由衣は思うが、見当もつかない。


 そんな日々が続いて七月の最初の日曜日、大樹のアパートで昼食後、由衣は冷蔵庫からリンゴジュースを出し、大樹と自分のコップに注いだ。

「今朝、コンビニで変な男が、じろじろあたし達を見ていたの。そいつ、先週、オカンとオニイと外出したときも見た気がする。気づかなかった?」

 ちなみに由衣は、長兄の康太を「お兄ちゃん」、次兄の康史を「オニイ」と呼んでいる。

 大樹はノートを取り出して鉛筆を走らせ、見る間にイラストを描き上げた。

「この男じゃない?」

「間違いない。こいつよ」

「こいつ、由衣が大村と言い争いしたとき、女装して大村の後ろにいた。帰宅するとき、こっちまで着いて来たことがあった」

「えーっ! じゃあ、あたし達がターゲットじゃん。目的はわかんないけど」

「うん」

「うん、じゃないわよ! …… あぁぁー! それでこの前、下着売り場にまで着いてきたんだー! 黙りこくって顔真っ赤にしてさ。着けて欲しいのかと勘違いしてエッチな下着買っちゃったじゃない。もうっ! 早く言いなさいよねっ!」

 由衣は大樹の頬を両手で掴んでギューッと左右に引っ張った。

「イテテテテテテ」

 自分が誤解しておいて何とも理不尽であるが、大樹も早く話すべきだった。


 一週間過ぎて、山梨県警が次の内容の記者会見を行った。

 大村淳おおむらじゅん・中明大学一年・東京都中野区在住・二十一歳が、山梨県富士吉田市の貸別荘で、心肺停止の状態で倒れているのを別荘の管理人が発見した。検視の結果、その場で死亡が確認された。死後五日経過したものとみられ、他殺の可能性が高いとして捜査を開始した。


 大村は、大学に一年間の休学届を出していた。

 事情聴取で同期生らは、大村は講義を休んでばかりで留年は確実だった。女子学生によく話しかけていたが誰も相手にしなかった。よく歌舞伎町などの繁華街に行っていたようで、得意そうに商売女の話をしていたと語った。

 大村は富士吉田市の貸別荘を五日間借りており、滞在初日に死亡した。別荘の管理人が、貸し出し期限が来たので確認しに行ったところ、部屋の中で倒れている大村を発見した。

 大村の死体は何とも奇妙な状態であった。

 大村はリビングにうつ伏せに倒れており、玄関から這って行った痕跡があった。頭部、胸部、腹部、陰部など身体中にたくさんの小さな傷、打撲痕、皮下出血が認められた。だが、どれも致命傷には至らない軽度なものだった。

 室内で争った形跡はなく大村は屋外で暴行されたと考えられた。だが、連日の雨で消え失せたのか、下足痕等の痕跡は敷地やデッキなど屋外では発見されなかった。

 リビングには、大村が運び入れたとみられる手錠や足かせなどの各種拘束器具、高画質のビデオカメラがあった。また、大村の財布と免許証はあったが、携帯電話は見つからなかった。


 翌日の土曜日、山梨県警の刑事が二人、警視庁の刑事、山県警部補と柿崎巡査長が捜査協力の為、大樹のアパートを訪れ、由衣と康太が同席した。

 大樹は高校時代の大村との関係と、大学からの帰宅途中で出会い、由衣が突き飛ばされたことを包み隠さず話した。

 康太が大樹に頭を下げた。

「由衣を助けてくれて、ありがとう」

「いえ」

「でも、なぜ通報しなかった? 大村を暴行容疑で逮捕できた」

 由衣が言い訳した。

「あたしが止めたの。だって、あいつ後々まで恨みを抱えそうでしょ」

 康太が舌打ちすると、柿崎刑事が取りなした。

「まあまあ、高見沢警部、今さら蒸し返しても。我々が全力を注ぎますから」

 山県刑事がゆっくりと頷く。

「我々に、お任せいただきたい」

 柿崎刑事は、康太と歳の近い知り合いで、軽々しいところがあるが、それを帳消しにする行動力があった。対して山県刑事は無口で重厚な感じの四十過ぎの男。対照的な二人は、ペアを組んで数多くの実績を積んでいた。


「ご覧ください。大村と関係がありそうな人物のイラストです。彼が描きました」

 由衣に促されて大樹が、イラストを出した。

「あたしが大村と言い争いしたとき、一緒にいた人です」

「なかなかの美人だな。お嬢さんの足下にも及ばないが」

 柿崎刑事が感想を述べると、由衣の口元が意地悪そうに緩んだ。

「刑事さん、その人、女装した男ですよ」

「あっ!」

 由衣が目配せして、大樹がもう一枚のイラストを出した。

「この男、先日、あたし達を家の近くまで着いてきました。その前も一度見かけてます」

「なかなかの男前だな。君の足下にも及ばないが」

 柿崎刑事が大樹と見比べて感想を述べると、由衣の口元がまた緩んだ。

「その人、さっきの女装男と同じ人です」

「あっ!」

 柿崎刑事は顔を赤くして頭を掻く。康太はボソッと洩らした。

「この男、事件と関わりがあるかも知れん。由衣と大機君を尾行していたのがどうにも気になる」


 山梨県警富士吉田署に大村淳殺害事件捜査本部が立ち上がった。

 捜査本部には警視庁の山県刑事と柿崎刑が捜査支援で参加し、プロファイリング支援で警察庁行動分析課・高見沢警部が加わった。

 捜査員達は東京都中野区の大村のマンション周辺、新宿歌舞伎町などの繁華街、中明大学大宮キャンパス周辺、富士吉田市の大村が借りた別荘周辺、それぞれ防犯カメラの映像記録の確認と、大村の写真と大樹が描いた女装姿の男、してない男のイラストを持って目撃情報の収集を精力的に行った。

 数日後、男の情報が捜査本部にもたらされた。

 大樹のイラストを見せた大村の大学の同期生が、新宿の歌舞伎町で大村と一緒に歩いているところを見たと証言した。さらに歌舞伎町の防犯カメラにイラストにそっくりの女装男が映っていた。

 映像を大樹と由衣に確認してもらい、間違いないとの証言を得て捜査員らは歌舞伎町周辺のオカマバーを片っ端から当たり、ついに男を捜し出した。


 男は山辺唯斗やまべゆいと、二十一歳、東京都新宿区在住、歌舞伎町のオカマバーの従業員だった。捜査本部は山辺に任意同行を求め、山辺は大村との関わりを認めた。

 山辺に聴取した内容は次の通り、大村の死亡につぃては、関与を不定した。

 五月の連休明け、店に来た大村の相手をした。

「風俗の女はそっけなく不細工が多い。クラブのいい女は、金目当てなのは見え見え、本当のところは俺を嫌がってる。だから来た」

 と大村はぼやいた。

 さもあらんと吹き出しそうになった。僕だってこんな不細工な男は相手にしたくない。だが、金遣いが荒いので聞いてみたら、親が神奈川県の大地主だと知った。いい服を買ってくれるとか気前が良いので、付き合うようになった。

 ひと月程前、大村と一緒に新井という医学生の帰宅を喫茶店で待ち伏せした。大村はそいつに懸想していた。大村が医学生の彼女と言い争いになり、突き飛ばしたのを目撃した。


 数日後、大村が店に来た。その医学生カップルを両方、手に入れたいという。

 こいつはバカかと思った、今時、誘拐なんて成功するわけはない。しかも、ガキじゃないのを二人も。

 それでも金目当てで大村の話に乗った。金で大抵のことを引き受けるグループを知ってる同僚がいる。そこで、実行役は奴らに任せることにして大村にその同僚を紹介した。

 関わりを恐れて情報収集に専念した。大村が実行役グループの連中に会ったかどうか知らない。自分は五十万円受け取り、誘拐可能な場所と時間を調べた。

 結果、二人の帰宅時刻頃は人通りが結構あり、遅く帰ることも無く、誘拐は無理。やるなら誘い出すしかないと伝えた。

 大村がくわだてた大樹と由衣の誘拐は、山辺の判断で実行に移されなかった。大村殺害の関与に対し、死亡推定日、前日、翌日も防犯カメラの映像と、勤め先の従業員の証言により、完璧なアリバイがあり、山辺の送検は見送られた。

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