第11話 非常階段 其の四 シャツのボタン

 取調べで金山は、沢木愛の殺害を否定した。あのお喋り女の口車に乗せられたのだと。沢木愛が非常階段から転落したのは容易に想像できると。

 由衣からICレコーダーを奪おうとしたことを追究しても

「おしゃべり女が、録音をネタに嘘八百言いふらすと思うと、我慢できなかった」

 とはぐらかし、さらに平然とうそぶいた。

「証拠を出せるもんなら出してみろ! 何なら俺の部屋を徹底的に調べていいぞ。ワハハハハハ」

 逮捕拘束後の期限、四十八時間が迫り、警察はやむなく金山を解放することにした。暴行容疑で送検しようという意見もあったが、康太、米田刑事、青山刑事は何か考えがあるのか、「しばし泳がせる」と言って反対した。


 頑なに容疑を否認する金山をどうやって追い込むか、拘束が解かれる当日、康太は、米田刑事と青山刑事を大樹の自宅アパートに呼んだ。

「大樹君が重要なこと思い出した」

 大樹は、折り目がたくさんある画用紙をテーブルに置いた。先日、丸めてゴミ箱に捨てたものだ。

「沢木さんの遺体が発見される前日、食堂で金山を見掛け、気になったのでイラストを描きました。青いシャツの左袖にボタンが二つありました」

 大樹は、イラストの一点を指し示した。

「喫茶店でも金山は同じシャツを着ていました。連行されるとき、左袖のボタンは一つしかありませんでした」

「事件の夜、奴は現場でボタンを落とした!」

 すぐさま、えびす顔を見せる米田刑事。対して青山刑事は唇を噛む。

「でも、班長、徹底的に調べましたよね。皆が這いつくばって探し回ったけど、何も見つからなかった」

「はあぁぁー、雨で流されちまったたか・・・・・・」

 ため息を漏らす米田刑事。対照的に康太がニヤリと笑みを浮かべた。

「見つからんでもいいんだ。奴を密かに監視する」

「あたしが、腕毛がはみ出て見苦しいって、金山に言ったでしょ」

 由衣が得意げに言い放ち、康太が頷いた。

「奴は気づいているだろうな」

 青山刑事が膝を叩いた。

「そうか!」

 

 当日の夜半過ぎ、小雨がパラつく中、懐中電灯で足元を照らし、地面を凝視しながら、沢木愛が転落した建物の近辺を歩き回る金山の姿があった。金山は建物の裏口付近から、非常階段へと何度も往復していた。

 その後、金山は自宅アパートに帰り、程なく換気口から異臭が漂い出した。

 青山刑事が呼び鈴を押した。

「金山さん、何か燃やしてますね。開けてください。強行突破しますよ」

 ドアを開ける様子がないので、捜査員の一人が合鍵で錠を外し、ボルトクリッパーでチェーンを切った。

 米田刑事らが踏み込むと、金山はキッチンの流しでシャツを燃やしていた。

 米田刑事が怒鳴り付けた。

「火事になったらどうすんだ!」

 青山刑事が急ぎ蛇口を開けて火を消し、青シャツを押収した。

 金山は任意同行を求められ、抵抗することなく従った。


 翌日、大宮警察署で金山の取調べが始まった。

 暗視カメラで撮影された金山の動画を青山刑事がパソコンで再生し、米田刑事が半分焼け焦げたボタンが取れた青シャツの袖を見せた。

「昨夜、お前はこのシャツのボタンを探していた。沢木さんの遺体が発見された前日、お前はこのシャツを着ていたとの証言がある。先回、追及されなかったから警察はまだ発見してないと考えたんだろ? で、見つからなかったから証拠を消そうと、このシャツを燃やしたんだ!」

 ずばり核心を突かれて金山は落ちた。自分の力を誇示したいのか、金山は得意げに話した。


 以下が供述内容である。

 沢木愛に告白したが、散々馬鹿にされたあげくに振られた。イケメンで高身長、筋トレで鍛えた細マッチョの俺を袖にした沢木愛は、この世に存在する価値はない。俺を振ったと言いふらされるのは我慢できない。

 沢木は毎晩、実習室に残り、ダミーを使って苦手な解剖の練習をしていた。たいてい午後九時過ぎに正面から出て裏口付近を通って帰宅する。あの夜は風雨が強いとの予報で、外の非常階段から落とせば証拠は残らないはず。

 沢木が出て来るのを、植え込みに隠れて待った。九時半ごろ出てきた沢木に背後から襲いかかった。声を上げないようにまず口を塞いだ。気を失ったので抱いて非常階段を五階まで上って投げ落とした。沢木は軽くてわけもなかった。

 防犯カメラは、建物内部と正面のみ映しており、沢木を襲った裏口、非常階段、建物周辺は映ってないことを、警備室を何気に覗いて確認していた。


 金山が自供したことを康太から聞いた由衣と大樹は、埼玉県上尾市の沢木愛の自宅を訪問した。

 遺影が飾られた祭壇で焼香し、大樹は、写真ケースに入れた沢木愛のポートレートを母親に渡した。

「ありがとうございます」

 母親は一目見て目頭を抑え、横から覗いた弟が感嘆の声を上げた。

「すごーい! 姉ちゃんにそっくり」

 母親は弟に手渡した。

「涙で汚しちゃうわ。あなたが持ってて」

 目を潤ませてポートレートを抱えた弟が、由衣と大樹を見据えた。

「僕は遊んでばかりでした。でも、目が覚めました。姉の意志を継いで再来年、同じ大学を受験します」

 由衣は笑みをこぼした。

「あなたなら絶対受かる。入学したら、お姉さんの分も頑張ってね」


 沢木家を辞し、二人は大樹の自宅アパートに帰った。

「大樹、いいもの見せてあげる」

 テーブルに着いた由衣が、ニヤニヤしながら言うと、大樹は顔を赤くした。

「えええ、遠慮します!」

「キャハハハハ、勘違いしてやんの! オッパイじゃないから」

 由衣は、大樹の目の前で握りこぶしを開く。そこには糸の着いたボタン。

「えっ! それって、金山のシャツのボタン?」

「そうよ」

「何で由衣が持ってるの?」

「喫茶店で金山に飛びかかられたとき、糸が緩んでいたから引きちぎったの。沢木さんが襲われたときに引っ張ったんでしょうね。誰にも言っちゃダメよ」

 大樹は目を丸くした。

「金山が否認するかもって考えたんだ! 由衣は恐ろしい……」

「ん!」

 由衣が険しい目を向けると、大樹は慌てて付け加えた。

「ほほ、ほど気が回る」

 由衣は笑みを浮かべ、ブラウスのボタンに手を掛けた。

「大樹、いいもの見せてあげる」

「えええ、遠慮します!」

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