第10話 非常階段 其の三 ボイスレコーダー

 翌週の月曜日、機会は早々に訪れた。大樹と昼食を済ませた由衣は、食堂を見回し、一人で食事をする金山を見つけて傍に行った。

「お食事中に済みません。福光君と一緒にご相談したいことがあります。明日以降、講義終了後、少しお時間取れますか?」

 金山はわざともったいぶった様子を見せる。

「そうですか…… ここのとこ忙しくてね。明後日の水曜日、五時半では?」

「はい、ありがとうございます。学内では落ち着きませんので、場所は裏門を出たところにある喫茶店でよろしいですか?」

「了解した。確かに静でいいね」

「ありがとうございます。では、そのときに。よろしくお願いします」

 由衣は遠くから眺める大樹に指でOKサインを送った。


 水曜日、由衣と大樹は待ち合わせの喫茶店に三十分前に行った。良い具合に壁際の四人掛けのボックス席が空いており、二人は並んで座った。

 約束の時間通りに金山は喫茶店に来て、二人の向かいの席に着いた。

 由衣はいろいろな質問をし、たまに大樹も加わる。内容は大樹から聞いて理解済みの事のみ。金山の答えは、模範的だが表面的な知識ばかりで、深く理解してないのは明らかだった。


 一段落ついて由衣は話題を変えた。

「金山さんって冷静ですね。この前、彼が沢木さんのイラスト見せたとき、無表情でした。普通は親しい人じゃなくても何らかの反応を見せますよね」

 金山は事も無げに答える。

「いや、内心とても悲しかった。でも、将来、医者になる身としては、親兄弟が、たとえ瀕死の状態だとしても、冷静さを保つ必要がある。僕は日頃から心がけている」

 金山は嘘をついていると思われるが確実ではない。嘘だと指摘して少しでも動揺すれば大樹が気付くはず。由衣は突っ込んでみた。

「あなた今、嘘をつきましたよね。あなたはちっとも悲しんでない」

 大樹が膝を当てた。やはり嘘であった。

「なにを根拠に?」

 由衣は思い切って確認してみた。

「あなたはサイコパスよね? サイコパスは良心のかけらもなく、無責任で感情が浅いから平静でいられる」

「アハハハ、ヒヨッコのくせして精神科医になったつもりかい」

 大樹の膝が当たる。やはり金山はサイコパスだった。

 由衣は追い打ちをかけた。

「あなた今、平静じゃないでしょ。図星だったのね」

「出任せは言わないでくれ。君は何かたくらでいるんだろ?」

 由衣は、沢木さんに振られたのか確認してみる。

「意図はじきに判ります。で、あなた沢木さんに振られましたよね?」

「アハハハ、何を言っている。振られる何も、僕は彼女なんか目じゃなかった」

 金山は一笑に付したが、大樹の膝は強く当たっていた。

「あなたまた嘘つきましたね? 本当はきつい言葉で振られたんでしょ?」

「君はしつこいね。僕が嘘をついているって証拠があるなら出してくれ」

 大樹の膝がさらに強く当たり、由衣は、ほくそ笑んだ。

「クスッ! あなた、また本当のこと言われてショック受けてるのでは?」

「アハハハ、そこまで言うとは、君こそ何か精神的な障害を抱えているんじゃないのか? それとも君は、わざと僕を怒らせようとしているのかい? だとしたら無駄なことだ。どういうつもりか知らないが、こんなことをする暇があったら講義の復習でもやったらどうだい。皆から取り残されて自殺した沢木さんみたいにならんようにな」

 大樹の膝が激しく当たった。

 さすがはサイコパス、金山は自分の言葉に酔っている。だが、精神的打撃は貯まっているはず。由衣は攻撃の手を緩めず、転落現場のイラストを出した。

「この絵を見て何か思い当たることがありますよね? 福光君が描きました」

「そんなつまらない絵を見せて何のつもりですか?」

 大樹の膝が勢いよく当たった。金山の泰然自若とした態度はあと一歩で崩れそうだ。


 由衣はもう一押しとばかりに最後の一撃を放った。

「彼はサヴァン症候群です。ご存じだと思いますが、鋭い観察力であなたの精神状態を見抜いています。あたしは、彼のサインを受けてあなたの気持ちが分かります。あなた、沢木さんを殺害したでしょ?」

 大樹が膝が思いっきり当り、由衣は思わず「イテッ」と洩らしてしまった。

「彼が僕の心を読もうと、君が何を言おうと何の意味も無い。証拠がないからな」

 金山は表向き何とか平静を保っているが、頭はほぼ回らない。ここで彼の自尊心を刺激すれば、いらぬ事を口にする可能性が高い。

 大樹は由衣に手のひらを見せて、決定打に繋がる言葉を放った。

「証拠は必ず見つかります」

 硬く引き締まっていた金山の表情が瞬時に変わった。顔は赤く染まり、目は炎のように燃え上がる。金山の怒りと自惚れは平常心を圧倒し、爆発した。

「お前、出まかせ言うなっ! 雨ざらしで吹きさらしの非常階段に証拠が残るわけがないっ! サヴァン君は記憶力と観察力は優れていても知性は足りんようだな。ワハハハハハ」

 金山の声が店中に轟き渡った。

 由衣はニヤリと笑みをこぼした。

「警察は近くの建物から転落したと発表していますが、非常階段から転落したとは発表していませんよ」

「うっ!」

 金山の顔は一気に青ざめ、由衣はボイスレコーダーを見せる。

「今までの会話は全て録音しました」

 金山は由衣に飛びかかって奪おうとするが、大樹はとっさに由衣に覆い被さる。殴り付けようと側頭部に向かう金山の拳を、大樹は瞬時に首を捻ってかわし、拳はテーブルに激しく当たった。

「アイテテテテテ」

 隣の席に座っていた米田刑事と青山刑事が金山に飛びかかり、腕を捻り上げてテーブルに頭と上半身を押し付け、もう一人の刑事が金山に手錠を掛けた。

「暴行容疑で逮捕します」

 連行されて行く金山に由衣が後ろから声をかけた。

「金山さん、左の腕毛がはみ出て見苦しいですよ」

 金山は暫時足を止めて左袖を眺めた。


 喫茶店を出て行く金山と刑事らを見送った康太が、由衣と大樹の傍に来た。

「お兄ちゃん、必ず来ると思ってた」

 康太は叱責した。

「お前、なぜあそこでレコーダー見せた? 金山の行動は予測できたろっ!」

 由衣はシャアシャアと言ってのけた。

「カッコいいと思ったからよ。刑事ドラマかなんかでよくあるじゃん」

「バカたれ!」

 由衣は無視して、大樹の頭をいとおしそうに撫でる。

「大樹、ごめんね。大丈夫?」

「うん、当たってないし」

 康太は大樹に向かって頭を下げた。

「済まない。由衣はとんでもないが、我々も迅速に行動できなかった」 


 由衣と大樹は、金山に会う二日前の月曜日に、康太に今までの事情を全て話していた。

 康太は、二人が危険な目に遭う恐れがあるので反対した。しかし、二人の様子から勝手にやってしまう可能性が高いので対策を練った。ダメ元で上司と一緒に埼玉県警本部に出向き、捜査一課長らに全てを話した。

 康太は、金山及び由衣と大樹を監視し、緊急時に二人を保護するという案を提示した。

 違法捜査になる恐れがあって本来なら取り合わない話だ。だが、他殺の証拠がなく、自殺の動機も薄く、事故死の説明もできず、捜査は八方塞がりの状態だった。一連の事件での大樹の活躍は県警内では周知されており、捜査一課長らは、康太の案を了承した。

 当日、捜査一課は、かの喫茶店に表向きは休憩中ということにして米田刑事と青山刑事に刑事二人を加えて計四人を配した。

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