第6話 残像 其の二 注射痕
「ぶったまげた! また君達かい」
二人は現場に来た米田刑事に事情聴取を受けた。
「米田さん、あたし達が救命処置やったんですよ」
得意げな由衣に米田刑事は笑みを返した。
「そうですかい! すぐに対処したから助かるかも知れん。そしたら人命救助で表彰もんだぞ。まあ、それはともかく見たことを話してくれんか?」
「チケット売り場に並んでいると、外から騒ぎ声が聞こえました。人だかりを掻き分けると男が倒れていました。救命処置の前に見たのはそれくらいです」
「そうかい…… ありがとう。で、君の方は他に何か?」
米田刑事は大樹に顔を向けた。
「はい、それが…・… 倒れた男が、僕達の前を歩いていたときの光景が記憶に残っています」
「ほおー、そのとき何を見たのかい?」
「何気に歩いていたので残像を思い出して描いてみないと、説明できません」
「残像って何だい?」
大樹の困った様子を見て由衣が割り込む。
「米田さん、他に目撃者がたくさんいるし、彼の話を聞くのは後にしてくれません? 彼は目に入ったイメージそのものを記憶し、それを残像って言っています。描いてみないと、説明できないのだと思います」
「うーん…・… よくわからんが、サイパン症ってのはそんなもんか」
事情聴取については、後で米田刑事から連絡を入れることになった。
米田刑事が立ち去った後、由衣が確かめた。
「大樹、今日、映画見る? 初回逃したから一時間ぐらい待つけど」
「ごめん、今日は見る気が失せちゃった」
「あたしもそう。ところで、佐藤さんに救命処置しなかったのは、無駄ってわかったから?」
「うん、指先が何かを掴むような形で硬直し、目が濁ってた」
「凄いわね。さすがはサヴァン」
二人は昼過ぎに大樹のアパートに帰った。
「お腹すいたでしょ? 何食べたい?」
大樹は机に着き、一心不乱に鉛筆を走らせており、由衣の声は届かない。
「すげー!」
背後から覗いた由衣は驚愕した。
横向きにしたA3ノートのページいっぱいに、歩行者デッキから見えた光景が精密に描かれていた。それも大樹が机に向かってから五分ほどである。大樹は次のページにまた描き始める。由衣は筆先を眺め、その速さに呆れた。
「お昼ご飯を何か持って来るね」
由衣は部屋を出て行き、自宅に向かった。
由衣が、おにぎりや卵焼きなどを詰めた容器を持って戻ると、大樹は腕を組んで机の上を眺めていた。A3ノート見開きの上下に二枚の絵があった。
「すっごく細かいわね。けど、なんで同じ絵、二枚も描いたの?」
「違うからよく見て」
「んー…… わかんなーい」
「人々の姿勢がほんの少し違っているでしょ」
「んー…… そう言われると、そうね」
大樹は後ろ姿の男を指差す。
「気になったのは、二枚を比較すると、この男が変な動きをしている。前の男は、救助した人だよ」
大樹はもう一人の男を指した。
「顔が見えないけど、服装と髪型と体格から、そんな気がするわね」
「でね。後ろの男が、前の男の腰のこの辺に、何か押し付けたように見える」
大樹は自分の右腰に手を当てた。
「押し付けるって何を?」
「例えば注射器」
「えぇぇぇー! 犯罪! 防犯カメラに映っているかも」
「この辺に防犯カメラは二台あったけど、おそらく死角で映ってない」
大樹は絵の中の一点、続いてもう一点に指先を置いた。カメラの向きが容易に分かるほど精密に描かれていた。
二人が救命処置をした男、さいたま市中央区在住・会社員・
検視で被害者の右腰部に注射痕が発見され、死因は毒物・薬物による心臓発作と推定された。毒物・薬物の特定は司法解剖の結果を待つ必要があった。
翌日の午後八時、米田刑事と青山刑事が大樹のアパートを訪れた。由衣と康太も同席した。
米田刑事は落胆した表情を見せた。
「いやー! 防犯カメラを確認したんだが、救助している君達は映っていたが、他には特に気になった映像は無かったなー」
「米田さん、彼が被害者と、容疑者と思われる男の絵を描きました」
由衣が促すと、大樹は昨日描いた二枚の鉛筆画と、ノートパソコンの画面を見せた。パソコンの画面には例の男の後ろ姿と、前を歩く被害者の拡大されたカラーのイラストがあった。大樹が昨夜、デザインソフトで描いたものだ。
米田刑事は眼鏡をかけ、青山刑事と一緒にじっくり眺めた。
「ほう…… 凄くリアルだな。写真かと思ったよ。で、白黒の方は何で同じのが二枚あるんだい?」
「刑事さん、よく見比べてください。人の姿勢が若干違います。彼によると、この人が被害者で、後ろの男が被害者の腰に何か押しつけているそうです」
青山刑事は分かったようだが口には出さず、米田刑事は首を捻った。
「うーん…… よくわからん」
「パソコンの方が二枚目の拡大図になっています」
由衣はパソコン画面を指した。
「うーん…… そんな気もするが、正直よくわからん。だが、前の男の服装は青シャツで被害者と一致する。後ろの男はグレーのジャケットに、白の野球帽。被害者の身長は178センチ、後ろの男は五、六センチ低い。周辺の防犯カメラから、この男は見つかるな。被害者の死亡直前に背後から異常に接近している男、何よりの情報だ! ありがとう。この絵を……」
由衣はUSBメモリをテーブルに置いた。
「これにコピーしてあります」
出て行く二人を見送った康太は、目を細めた。
「彼らに任せておけば、近いうちに解決するな」
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