約束の記念日
深山心春
第1話
「よっし!!」
スマホのマイページ。そこに書いてあったのは
「合格」の二文字。
僕をぐるりと取り囲んでいた皆から、拍手と歓声があがる。
「及川、おめでとう!」
「獣医の卵、爆誕!」
「白い恋人送ってー!」
僕の頭をわしゃわしゃしたり、背中を叩いたり、やったー! と大騒ぎをするクラスメイトたち。
あ、いかん。涙が出てきそうになる。
「及川」
その時、控えめに名を呼ばれた。
背中まで伸ばした黒髪、クールそうな外見、少し近寄りがたいと思われてる彼女。
だけど僕は知っている。彼女が誰よりも優しいことを。
「おめでとう」
「藤堂、ありがとう」
クラスメイトはもう次の発表者へ集まっている。僕と藤堂のふたりだけが残った。
「場所変えようか」
そう言うと、彼女はこくりと頷いた。
旧校舎へ続く階段が、僕と彼女のお気に入りの場所だった。
僕はコーヒーを、藤堂は紅茶を片手に階段に座る。
「藤堂もおめでとう。美大凄いな」
「及川も凄いよ。ずっと獣医になりたかった意志を貫いたんだから」
小学生からずっと一緒。お互いのことはよく知っている。
「だけど」
ポツリと藤堂はつぶやく。
「北海道は遠い」
そう言って、僕の肩にもたれた。僕は藤堂の頭をあやすように撫でる。
「ごめん。どうしてもあの大学へ行きたかった」
「うん、知ってる」
私も、と藤堂は声を紡ぐ。
「どうしても東京の美大に行きたかったから」
そう言いながら、紅茶をちゅっと飲んだ。
藤堂のことを意識しはじめたのは中学の頃だ。
さりげない優しさ、強い意志。それに気づいてから僕は藤堂が好きになった。高校2年生になって僕から告白して、藤堂と付き合い始めた。彼女は一見近寄りがたく見えるが、情の濃い優しいひとだった。
「手紙書くよ」
「うん。私も」
「休みには戻ってくる」
「うん。私も」
「藤堂」
「なに?」
「好きだよ」
「……うん、私も」
お互いが近づいて、軽くキスを交わす。藤堂からはほんの少し紅茶の香りがした。
お互い希望する進路に受かった。間違いなく祝い事なのに、なぜか切なさが胸を締める。
それは遠距離恋愛になるから。いつの間にか、互いの大切なものが変わってしまう可能性があるからだろう。
未来はわからない。未来は見えない。それでも。
「結婚の約束、しようか」
「結婚!?」
藤堂の声が裏返る。僕を真剣に見つめてくる瞳に、僕は笑いかけた。
「遠距離。それでも離れられなかったら、結婚しよう。瑠璃」
初めて藤堂の名前を呼んだ。藤堂は顔を真っ赤にしたあと、涙をこらえてほほ笑んだ。
「うん……誉」
瑠璃が僕の名前を初めて呼ぶ。もう1度、優しくキスをする。一粒だけ零れた瑠璃の涙にキスするとしょっぱかった。
僕らは身を寄せ合う。希望の大学に受かった。それは祝い事。だけど、その代わりに差し出さなければならないものもある。
「誉、本当におめでとう」
「瑠璃も、本当におめでとう」
僕たちは身を寄せ合う。まるで離れたくないと言うように。
「6年後まで、できたら待っていて」
「待ってる。きっと待ってるから。誉も待っていて」
僕たちの前途は明るいものばかりではないだろう。それでも、僕たちは進む。
いつか来るかもしれない明るい日に向かって。
今日が僕たちの約束の記念日。
僕たちは顔を見交わす。そっと瞳を細めた。
「おめでとう」
ふたり合わせた声が、旧校舎内へと響き渡った。
約束の記念日 深山心春 @tumtum33
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