第4話 社畜、魔王城で昇進する?
「逃げていくな……」
魔王バルザードが呟く。
「ええ。逃げていきますね。予定通りです」
魔王軍を追い詰めていた勇者達が、尻尾を巻いて逃げていく。
それを城塞から見下ろす魔王バルザード。
そして、その傍に立つ沙良が、手元の資料を確認する。
「勇者撃退予定時刻は15時15分。現在時刻は15時13分ですから、予定より2分早く終わりましたね、魔王様」
彼女は、手元にある『対勇者撃退マニュアル』のタイムラインを確認していた。
その紙に記されている内容を、魔王バルザードは沙良の肩越しにチラッと見る。
ほぼ予定通りだった。
つい1月前まで、勇者パーティーに連戦連敗。防衛ラインを次々と突破されていた魔王軍だったが、ついに撃退に成功したのだ。
「……お前は、本当に恐ろしい人間だな」
魔王バルザードが苦笑する。
魔王に恐ろしいと言われた沙良は、きょとんとした顔で魔王を見た。
「そうですか?データに基づいて計画を立てただけですよ?」
戦場を見下ろすその顔は、歴戦の参謀のように冷静で、バルザードと魔王軍幹部の目には頼もしく映っていた。
「一カ月前までは、我が魔王軍は奴らにやられ放題だったというのに……」
逃げていく勇者の後ろ姿を、苦い顔で睨みつける魔王バルザードだったが、沙良は会議の時の顔と変わらぬ調子だ。
「一カ月もあれば、組織は変わりますよ。良くも悪くも。ちゃんと段階を踏んで改善すれば、結果は自ずと付いてきます」
魔王バルザードは隣に立つ沙良を見た。彼女がこの城に来てから、全てが変わった。
「なあ、沙良」
「はい?」
「お前は一体、何者なんだ?」
彼女は少し考えてから、微笑んだ。
「ただの、元社畜ですよ」
彼女のその言葉は理解出来ないが、謙遜している事は一目瞭然だった。さらに沙良に話しかけようとした時、下から大きな歓声が聞こえてきた。
覗き込むと、幹部と兵士達が勝鬨をあげて盛り上がっている。皆、笑顔でこの勝利を喜んでいた。
バルザードは沙良を見た。彼女もバルザードを見て嬉しそうに微笑んでいる。
「やりましたね、魔王様」
「ああ……やったな」
その日の夜、幹部達だけでささやかな宴が開かれた。勝利を讃えあい、上機嫌で酒を酌み交わしている。
「沙良!お主のおかげで、あいつらにひと泡吹かせてやれたぞ!はっはっは!愉快愉快!」
「ホント、勇者達のあの顔見た?あっはっは!」
ガルディオスとノゼリアはすでに出来上がってるようで、大声で騒いでいる。
ゼインとカーラも、ほろ酔い加減で楽しそうだ。
沙良は、幹部達と楽しそうに語り合っていて、この城への思い入れが深まっている様子だった。
少し離れたところから、バルザードは沙良の様子を見ていた。
幹部達に囲まれて談笑している沙良。その表情は明るくて、こんな笑い方もするのかと、意外な思いで眺めていた。
そんな想いに耽るバルザードの元へと、沙良が歩み寄ってくる。
「魔王様も楽しんでおられますか?」
酒のせいか、少し上気した顔で微笑む沙良。
ひと仕事終えた彼女の表情は、いつもより柔らかくて……。
「ああ、だが少し暑いな。沙良、バルコニーに出て涼まないか?」
「はい、ご一緒します」
二人は連れ立ってバルコニーに出た。
夜空には二つの月が輝き、星々が瞬いている。
バルザードは月を見上げながら沙良に語りかける。
「この前も、一緒に月を見上げたな」
「え? えぇ、風邪を引くからと、心配していただきましたね」
沙良も星々を見上げながら、柔らかく微笑む。
しばらくお互い無言で夜空を見上げていたが、バルザードが静かに切り出した。
「……勇者は追い払ったが、また攻めて来るだろう」
「そうですね。勇者達の目的はわかりませんが、またやって来るかもしれません。でも、今の魔王軍なら大丈夫でしょう」
「それも、お前がいればの話だ」
バルザードは真剣な表情で沙良を見た。
「沙良……お前が来てくれて本当に助かった。お前が居なければ、俺は勇者達に殺されていたかもしれない」
いつもの自信に満ちた態度とは違う、少し弱音を見せた魔王。その姿に、沙良はかける言葉を見つけられなかった。
「それだけではない。お前は、俺が見失っていた大切なものを教えてくれた」
そう言って沙良を見つめる魔王は、まるで慈しむかのような表情で微笑む。
「信頼や対話、協力……そういったものの大切さを。俺は、力で支配する事しか知らなかった。だが、お前は違った」
バルザードが、沙良へ一歩近づく。
「皆に対等な立場で対話して、協力して、なにより信頼していた。お前は見事に皆の心を掴んだ。今の魔王軍があるのは、お前のおかげだ」
さらに一歩近づいて、沙良の手を取った。その仕草は壊れ物を扱うように優しくて……。
「これからも、俺の傍にいてくれ。秘書としてではなく、対等なパートナーとして……」
沙良を見つめる瞳には、仲間としての信頼以上のものが宿っていた。その情熱的な視線を受けて、沙良は狼狽えた様子だった。
「魔王様……」
「バルザードでいい。お前には……お前だけにはそう呼んで貰いたい」
沙良は少し考えた様子だったが、小さく頷いた後にバルザードを見た。
「わかりました、バルザード様。これからも末長くよろしくお願いします」
そう言って、嬉しそうに微笑む沙良。
それを見て、バルザードは沙良から見えないように小さくガッツポーズをした。
「あ、それであれば」
小躍りしそうなバルザードに、沙良が言い忘れたとばかりに続ける。
「昇給の件は、後日に正式な評価面談でお願いしますね」
最後まで実務的な沙良に、バルザードはつい笑い出した。
「お前らしいな。ああ、わかった。考えておこう」
二人は並んで星空を見上げた。
夜風が二人を吹き抜けて、二つの月が祝福するように輝いている。
沙良は、バルザードから見えないように手で顔を扇いでいた。心なしか顔も赤く見えるのは、お酒のせいだろうか。
二人の関係がどうなるのかは――まだ、誰にもわからない。
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これで、第一部は完結となります。
この後は第一部のストーリーを、バルザードと沙良のそれぞれの視点で描いた物語をアップしていきます。
バルザード視点の第二部、沙良視点の第三部で物語全てが完結しますので、それまでお付き合い頂けると嬉しいです。
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