第3話 社畜、勇者を迎え撃つ

 一週間後には、対策本部が機能し始めた。

 定例報告会では、沙良が進行役を務めている。

 

「では、本日の報告を。ノゼリア様からお願いします」

 

「勇者の現在位置は、魔王城の南150キロ地点。昨日から5キロ前進。複数の諜報員からの報告で一致しているわ」

 

「ありがとうございます。ガルディオス様、迎撃部隊の準備状況は?」

 

「南の第三防衛線に精鋭部隊を配置しておる。第二防衛線も強化中だ」

 

「カーラ様、兵站の準備状況は?」

 

「前線部隊への食料と武器の輸送、予定通り進行中よ」

 

「素晴らしい。では今日の課題ですが……」

 

 会議は30分で終わり、全員が次にやるべきことを明確に把握して退出した。

 

「沙良の会議は無駄がなくて助かるわ」

 

「ああ、前は何時間も無駄にしていたが……」

 

 幹部達も手応えを感じ始めている。

 わずか一週間で幹部達の雰囲気が変わり、以前のような対立はもう無い。皆が同じ方向を向き始めている。

 バルザードは、その様子を後ろから見つめていた。



 沙良が転移してから二週間後、改革が軌道に乗り始めた。

 ある日、ガルディオスが沙良に声をかけた。

 

「沙良、最初はお主の事を人間のスパイかと疑ったものだが……大したものだ」

 

「ありがとうございます。でも、実行してくださったのはガルディオス様たちです」

 

「いや、お主がいなければこうはならなかった」

 

 そこへ、ノゼリアも加わる。

 

「そうよ。沙良のおかげで魔王軍は変わったわ。貴女が魔王城にいてくれれば安泰ね」

 

 沙良が「大げさですよ」と謙遜するが、いつも冷静な顔が少し照れたように赤くなっていた。

 


 ◇◇◇◇◇

 

 さらに一週間が過ぎた日の深夜、バルザードが執務室に入ると、沙良が資料をまとめていた。

 

「まだ起きていたのか」

 

「はい、魔王様。明日の会議資料を作っていました」

 

「……お前、毎晩遅くまで働いているな」

 

「大丈夫です。前の会社に比べれば、全然楽ですから」

 

 バルザードは少し眉をひそめた。

 

「なあ、沙良」

 

「はい?」

 

「お前は、なぜそこまでする?」

 

 沙良は手を止め、少し考えてから答えた。

 

「……前の会社では、誰も私の仕事を認めてくれませんでした。どんなに頑張っても『当たり前』で済まされて」

 

「……」

 

「でも、ここでは違います。皆さん、私の提案を真剣に聞いてくれる。ガルディオス様も最初は反発していましたが、今は協力してくれています。魔王様も、私の報告を毎日読んでくださる」

 

 沙良は微笑んだ。

 

「誰かに必要とされるって、嬉しいものですね」

 

 バルザードは、その笑顔を見て何かが胸に引っかかるのを感じた。

 

「……お前がいてくれて、助かっている」

 

「え?」

 

「いや、何でもない。早く休め。明日も忙しいぞ」

 

 バルザードは背を向けて去った。

 沙良は不思議そうにしながらも、また書類に向かった。


 


 それから三日後の夜、沙良は気分転換にバルコニーに出ていた。

 地球と違い、二つの月が輝く夜空を見上げていると、バルザードが近づいて来るのに気づいた。

 

「ここに居たのか。長居していると身体が冷えてしまうぞ」

 

 穏やかな顔で沙良に話しかけるバルザード。

 

「もう少しこの月を見ていたいんです。星も凄く綺麗で、元の世界とはまるで違っていて……」

 

 少し寂しげに星空を見上げながら呟く沙良。

 その横顔を見つめるバルザードは、心なしか苦しそうな表情で。

 

「……元の世界か。どんな世界か知らんが、お前を此処に送ってくれた事には感謝している」

 

 魔王も星空を見上げながら、ポツリと呟いた。

 その言葉に、沙良は驚いたような顔でバルザードの方を見た。

 

「この城は変わった。幹部たちも、兵士たちも、生き生きとしている……お前のおかげだ」

 

「それは、皆さんが私の話を聞いてくれて、協力してくださったからです」

 

「それでも、始めたのはお前だ。お前の力なんだ」

 

 バルザードは星空を見上げたまま、懺悔するように語り出した。

 

「俺は200年間この城を治めてきた。だが、お前が一ヶ月足らずでやったことを、俺は出来なかった」

 

「魔王様……」

 

 視線を星空から沙良へと移して、魔王は微笑んだ。

 

「お前は……俺に大切なことを教えてくれた」

 

 柔らかく微笑むその表情には、確かな感謝が宿っている。

 だが、バルザードはそれ以上は言わなかった。

 

「さあ、戻ろう。あと一週間で勇者が来る。お前に風邪を引かれて倒れられたら大変だ」


「ふふ。はい、わかりました」

 

 二人は並んで城へ戻っていく。風が優しく吹き抜け、星々が祝福するように煌めいていた。



 ◇◇◇◇◇

 

 決戦前日。

 全ての準備が整った。


 対策本部の壁には大きくタイムライン表が貼られ、勇者の進軍ルートと各防衛線の配置、補給計画の全てが一目で分かるようになっていた。

 

「完璧だな」

 

 ガルディオスが壁に貼られたタイムラインと、手元の防衛計画書『対勇者撃退マニュアル』を見ながらニヤリと笑った。

 

「これなら勇者に一泡吹かせてあげられるわね」

 

 ノゼリアも計画書を見ながら頷く。

 沙良は、そのタイムライン表を見ながら最終チェックをしていた。

 

「明日の午後2時半頃、勇者が第一防衛線に到達する予定です。皆さん、準備はよろしいですか?」

 

「任せておけ」

「問題ないわ」

「万全だ」

「補給も完璧よ」

 

 幹部たちが次々に答える。

 その目には、やり切った者達特有の自信と覚悟が伺えた。

 

「では、明日に備えて、今日は早めに休んでください」

 

 沙良がそう言うと、幹部達は笑った。

 

「沙良、お主こそ休め」

 

「そうよ。貴女が倒れたら、迎撃どころじゃないわ。魔王軍の一大事よ」

 

 沙良は少し照れながら頷いた。



 

 ついにやってきた決戦の日。

 対策本部では、最終作戦会議が開かれた。

 

「では、最終確認を。防衛部の配置は?」

 

「第一防衛線、第二防衛線、ともに完全配置。いつでも迎撃可能だ」

 

「勇者の戦力分析は?」

 

「勇者本人と、仲間三名。魔法使い、戦士、僧侶の構成で、前回交戦した時と変わらないパーティよ」

 

「補給ルートの確保は?」

 

「前線部隊への補給は既に完了。予備も十分よ」

 

「完璧ですね。では、作戦を実行してください」

 

「承知した!」



 

 ――14時50分、第一防衛線上に、勇者アレンが、仲間たちと共に進んできた。


 今日までいくつもの砦を落とし、何体もの魔族と魔獣を打ち払ってきたアレンだったが、油断なく砦へと歩みを進めていた。

 しかし、今回は何かいつもと違う雰囲気を感じていた。

 理屈ではなく、勘でしかない。それでも、アレンは嫌な予感を振り払うように、力強く前進していく。


 やがて第一陣と接敵したアレンは、危なげなく対処していく。

 

「いつも通り、陣形も何も無い、力任せの防衛線だな。いやな予感がしていたけど、思い過ごしだったみたいだ」

 

 アレンは振り返って僧侶に話しかける。

 

「そうですわね。魔族達はいつまで経っても学習しませんから。いくら個々が強くても、連携しなければ怖くは無いですからね」

 

 前方の魔王軍を小馬鹿にしたような発言をする僧侶。

 戦士や魔法使いも似たようなもので、明らかに魔王軍を見下していた。

 勇者達はバラバラに攻めて来る魔族達を突破しながら、砦を目指して進む。

 しかし、進むにつれて、またアレンの違和感が強くなっていく。何かはわからないが、確実にいつもと違う。

 

 ……これは、誘導されている?

 

 そう直感したアレンが、仲間に注意を促そうとしたその時、左右から伏兵が現れて突撃してきた。

 

「!? くそっ! このままだと包囲される!一旦引くぞ!!」

 

 アレンは素早く周囲を見回して、一時的な後退を選択した。勇者に選ばれるだけあって、的確な判断だった。

 しかし、魔王軍の戦術はそれを上回る。

 

 後退しようとした勇者達の背後に伏兵が現れて、退路を塞ごうと突撃してきていた。

 

 ――『釣り野伏せ』。戦国時代の有名な戦術を、沙良はこの異世界で実行させたのだ。

 包囲されることに気付いて、青ざめる勇者一行。

 

「ダメだ、囲まれる!? 全力で退却だ! 逃げるぞ!!」

 

 アレンが叫び、包囲が完成する前に全力で逃げ出した。

 快進撃を続けていた勇者一行だったが、第一防衛線を突破出来ずに退却していく――



 

 それを城塞から眺める二つの人影があった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る